第3話 澄香先輩とゆずコンビ
廊下に出ると、人気がなかった。
これは明らかにおかしい。まばらではあるが、校舎には人が押し寄せており、アイスを食べながら廊下に座っている学生や、はしゃぎまわる子供もいたはずだ。
騒がしかった祭りの喧噪も、まったくといっていいほど聞こえてこない。
まるで、世界から取り残されたような寂しさを感じる。
「澄香先輩」
「なんですか貞彦さん」
「明らかに様子がおかしくないか?」
澄香は神妙に頷く。
貞彦が感じた異変を、澄香が気づいていないわけがない。
「突然人が消えてしまったようですね」
「まさか」
「まだ、確定はできないですね。一度調査をしてみましょう」
澄香に促されて、一同は校内を周ることにした。
玄関の扉は閉ざされており、六人がかりで押しても微動だにしなかった。
窓から見える景色は、変化というものがなかった。祭りやぐらや屋台などはそのままだ。しかし、人は誰もいなかった。
校舎内を隅々まで周り、教室を一つ一つ探索したが、わかったことは誰もいないという事実だけだった。
「なんていうか、ここだけ時が止まっているような感じだな」
貞彦が言うと、澄香は両手を合わせて親指を回す。考えている仕草。
「貞彦さんの言うことも、よくわかります。ですが、時が止まっているというのであれば、私たちが動けることや、扉を開けることができるという説明ができないように思います」
「そうか。じゃあ逆に、校舎以外の時間が止まっているっていうのは?」
「そちらの方がありえそうですね。となると、ではどうして他の方々がいなくなってしまったのか、という疑問が残ります」
「そうだよなあ」
今できる解釈では、仮説が証明できないということだけしか、わからなかった。
「難しいことはわからないけど色々と探してみるしかないよ」
素直は前向きに言い放った。
地震の恐怖からはすっかり立ち直ったようだった。
「もし帰れなかったとしても、みんながいれば大丈夫。それにいざとなったらさだひこ先輩に瑛理先輩もいるし……くふふ」
カナミは怪し気に笑う。
元気になったのはいいけれど、貞彦は別の意味で危険を感じずにはいられなかった。
「そうか。もし帰れなかったら、ここでは好きなことをやり放題なんだな!」
瑛理はわくわくに目を煌めかせた。
「もしも君が何かをやってしまったら、僕は容赦しないよ」
「いくらサヤが何をしようとも、誰も俺を止められないぜ」
「ちなみに、何をしようと思うんだ?」
貞彦が聞くと、サヤは覚悟を決めたように舌を出した。
「舌を噛んで僕が死ぬ」
「ごめんなさいそれだけはやめてください」
瑛理はサヤの足元にすがりついた。
「ええい離れなようっとうしいなあ!」
ぎゃあぎゃあと喚く元気があることに、多少の安心を覚えた。
その直後、突然また地震が起きた。
グラつく足元に伏せながら、貞彦は周囲を確認した。
突然の出来事に対応できず、澄香がバランスを崩していた。
「危ない!」
貞彦はよろめく澄香の下に潜りこみ、地面への激突を和らげた。
「んぐっ」
衝撃に息が漏れる。ここで大げさなリアクションをとってしまうことは抑えた。澄香のことを重いとか示してしまうのは、とても失礼に思ったからだった。
「助かりました。ありがとうございます貞彦さん」
すぐ目の前には、澄香の顔があって、別の意味で息が詰まりそうになった。
非常事態にも関わらず、ドキドキが優先された。
切れ長のまつ毛にたれ目だが力のある光。改めて間近で見ると、やっぱり綺麗だと思ってしまう。
貞彦は思い出す。
というか、前にもこんなことがあったような。
嫌な予感を感じていた最中。
「あ――――!」
驚きの声が聞こえて、身がすくみ上がる。高めで心地よい少女じみた声。
素直でもカナミでも、サヤでもない。
でもどこかで聞き覚えがあった。
「柚希! 人だよ。というか、カップルだよ」
「本当だ……って学校内で何をやってるんですか!」
咎める男女の声を聞いて、貞彦は説明をしようとした。
立ち上がろうとしたが、腰に痛みがあって、すぐには立ち上がれそうになかった。
かろうじて男女の姿を捉えた。
男子の方は落ち着いた風貌をしているが、目鼻立ちは綺麗で整っている。なんとなく穏やかで優しそうな雰囲気を感じる。おそらくは同年代と推測された。
女子の方もこれまた整った容姿をしていた。クリっとした瞳は愛らしくて、誰にでも好かれそうな印象を覚える。男子の後ろに隠れながらこちらを見ている。その男子に並々ならぬ信頼を置いているんだろう。
「ちが、違うんだ!」
「学校内でなんて、そんな大胆なことを……」
「柚夏は見ちゃダメだ! 学校内でいちゃつくなんて、常識的に良くないことだ」
「そうだよね。学校内でいちゃつくなんて、そんな恥ずかしいことはいけないよね」
なんとなく、お前らには言われたくねえよと、貞彦は強く思った。
そこで貞彦は気付く。
柚希と柚夏とお互いを呼び合う男女。
突然現れた二人は、『ゆずちゃんねる』のパーソナリティーであるゆずコンビであると。
「それで、あなた方は何をされているんですか? もしかしてその……不純異性交遊ですか?」
柚希は控えめに聞いていた。その言葉を口に出すことが、恥ずかしいのかもしれない。
違うわと口を出そうとしたら、澄香に口を塞がれた。
おもしろいものを見つけたと言っている、いたずらっぽい瞳。
これはめんどくさくなることだと、貞彦は焦りに身をよじった。
「はいその通りです。私たちはお二人に負けないくらいにラブラブなんですよ」
澄香はそう言って、貞彦に抱き着いた。
散々夢を見た抱擁が、こんな形でもたらされたことに、納得がいかなかった。
なんでも肯定してくれる澄香先輩は、こんな時でも肯定をやめなかった。
「なんでも肯定するなー!」
貞彦は澄香を否定した。
いくらお祭り気分だからといって、はしゃぎすぎだと貞彦は呆れと混乱でぐちゃぐちゃだった。
「ねえ柚希。私たちも負けていられないよね」
「ちょっと待って柚夏。いつもの優等生の仮面はどうしたの? なんでにじり寄って来るんだ?」
「私って、けっこう負けず嫌いなんだよ」
「いや、そんなことを言っている場合じゃないだろ!」
変な空気に当てられて、ゆずコンビもなんだかおかしなことになっていた。
笑いを堪えている澄香の体温を感じつつ、貞彦は最近の悩みをラジオで相談したいと思っていた。
ラジオネーム『サダサダ』
最近先輩に対する尊敬の念が駄々下がりなんですが、どうすればいいでしょうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます