第2話 異変のはじまりはじまり

「やってきたよ! 夏祭りー」


「とても楽しみですね。貞彦さん。素直さん」


 次の日曜日、相談支援部の三人は、祭りの会場に訪れていた。


 澄香を誘ったら、二つ返事で「行きます」と返ってきた。


 今までは誘うことも恐れ多いと思っていたが、最近ではそんなイメージは払拭されていた。


 澄香はなんたって、楽しいことには目がないのだ。


「一般参加もOKとはいえ、うちの生徒も多いよな」


 一年生組はもちろん、風紀委員のメンツも訪れていた。カルナは甲賀と、竜也はまりあとそれぞれ回るらしい。竜也がんばれと、貞彦は本気で応援をしていた。


 加えて、香田とネコのカップルがいる上に、どこから聞きつけたのか、瑛理とサヤも参加していた。


 貞彦は諦めた。これはきっと何かある。絶対に良くないことが起こると、確信をしていた。


「ねえねえさだひこ先輩。カナミはチョコバナナを食べたいです。さだひこ先輩のバナナ」


「実はお前って下ネタ大好きなんだな!」


「おい! 俺だってチョコバナナ食べたいぞ! 貞彦くんのチョコバナナは俺の物だ!」


「君はもう単純に気持ち悪いなあ!」


 カナミ、瑛理、サヤが合流して、場は騒然となっていた。


 えーこのメンバーで回るのはやだよと、貞彦は思っていた。


「貞彦先輩のバナナってなに?」


 素直は純朴な表情でハテナマークを浮かべていた。


 お前は素直で清いままでいてくれと、貞彦は本気で願った。


「貞彦さんのバナナというのはですね、隠語というものでして男性の陰け――」


「澄香先輩は説明をするな!」






 他のメンバーとは『ゆずちゃんねる』の公開録音が始まる時までは自由行動とした。


 カップルが多いこともあり、それぞれの思い出を作って欲しいという配慮もあった。


 屋台を巡り、お祭りの雰囲気に身を躍らせる。


 楽し気な顔で行きかう人々を眺める。


 瑛理が暴走しないかが一番心配だったが、うまい具合にサヤが手綱を握っているようで、貞彦はホッとした。


 解放されている校舎に、六人は足を踏み入れた。


 新しいのか、内装を工事を行っているのか、全体的な汚れは少ない。


 別の学校に来るというのは、とても珍しい体験だった。


「あっ! あれってもしかして!」


 素直は前方を指さす。


 おしゃべりをしながら、仲睦まじく歩く、男女の姿があった。


 二人とも、わかりやすいくらいに笑顔が弾けている。遠目から見ても、楽しそうな雰囲気は伝わってくる。


 特に何かをしているわけじゃない。にも関わらず、二人の周囲にはわたあめでも飛んでいるように錯覚した。


 貞彦もなんとなくわかった。


『ゆずちゃんねる』のパーソナリティーである、ゆずコンビとはきっとあの二人なんだと。


「テンションが上がってきたよ! お友達になりたいなあ」


 貞彦は嫌な予感を感じた。


 いつぞやの時みたいに、強引な友達作りをしてしまうのではないだろうか。


 友人が増えるのはいいと思うけれど、めちゃくちゃなやり口を披露されるたびに、胃とか頭をとかを取り換えたくなる。ストックはあといくつだろう。


「素直さん。今回はそっとしておいてあげましょう」


 意外にも、素直を止めたのは澄香だった。


 素直に賛同をして、てっきりゆずコンビに向かっていくのだと貞彦は思っていた。


「えーどうして? 前にもやったような気がするけど」


「それは必要だったからという理由はあります。今回は依頼ではなく、楽しむためにここに来ています」


「澄香先輩がまともなことを言ってる!」


「貞彦さんの中で、私という人物像がどんどん変化しているのですね。喜ばしいことです」


 澄香はニコニコしながら言っていた。


 笑顔に陰りは見えないので、どうやら言葉通りに感じているようだった。


「そうだね素直ちゃん。公開録音で見られるわけだし、カナミたちみんなで思い出を作ろうよ」


 カナミは隙を見て貞彦と瑛理の手を握った。


 サヤは何故か、涙ぐんでいた。


「サヤ。どうしたんだ?」


 貞彦が聞くと、サヤはハンカチで顔を拭った。


「瑛理が友達と一緒に出掛けているなんて……僕はもう嬉しくて嬉しくて」


「ちょっと待てサヤ。俺は泣かれなきゃいけないほどに哀れまれていたのか?」


「うん」


「一言でもすごく伝わるな」


 言葉って不思議だと思いながら、貞彦たちは校舎を進んだ。


 ショックを受けた瑛理は、いじけていた。






 普段の収録が行われている、放送室を見学している時に、異変は起きた。


 足元はぐらつき、机の上のものがスライドする。ガタガタと軋む音。


「地震だ! 伏せろ!」


 貞彦は咄嗟に近くにいた素直とカナミを引き寄せた。


 落下物があれば、身を挺して守らねばと身構えた。


 各々で机の下に避難し、揺れが収まるのを待つ。


 なぜか瑛理だけは仁王立ちをしていた。


 揺れは一〇秒に満たずに止まった。


 幸い何かしらの被害はなく、机上の文房具が散らばっただけで済んでいた。


「皆様、ご無事ですか?」


 澄香の心配に、各々は大丈夫だとアピールをした。


「突然のことで、びっくりしてしまったよ。というか、瑛理はなんで立ってのか?」


「揺れる大地で立ち尽くすのって、なんかドラマチックでかっこいいじゃん」


「君は災害が起きたら真っ先に死ぬタイプだね」


 瑛理がふざけたことを言うおかげで、少しだけ気分が晴れた。


 安全を確認して、移動しようと歩き出すが、何かに引っ張られて服がめりこんだ。


 素直とカナミにシャツを引っ張られていた。


「貞彦先輩……」


「こ、怖いです」


 突然の出来事に、二人は怯えているようだった。


 大きな被害はなかったとはいえ、もっと大きな地震だったら、とてつもない被害に見舞われていたかもしれない。


 二人が恐怖に苛まれるのも、当然だと思った。


「ほら」


 貞彦は二人の手を握った。


 二人の緊張が弱まる。ホッとした表情を見せられて、貞彦も安堵した。


 なんとか安心してくれたようだった。


「ほら瑛理。貞彦くんを見習えよ。こういうところだぞ」


「じゃあ俺は澄香先輩と手を」


「大丈夫です。ありがとうございます刃渡さん」


「食い気味!」


「じゃあサヤと手を」


「いらない」


 瑛理はわかりやすくショックを受けていた。


「じゃあ……俺は俺と手をつなぐぜ! これなら寂しくないな!」


 瑛理は自らの手を重ね合わせた。


 満足気な瑛理の姿を見て、場の雰囲気は少しだけ和んだ。


「瑛理先輩。カナミが手をつないであげますよ」


 カナミは瑛理に手を差し出した。


 瑛理はマジマジと手のひらを見つめた。


 何をしているんだと不思議に思った矢先、瑛理は口を開いた。


「あっ生命線が短い。カナミはトラブルに気を付けた方がいいな」


 カナミは瑛理をおもいっきり蹴飛ばした。

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