第5話 紅組 個性豊かな最強チーム
ようやく正気に戻った澄香は、二人に詳細を説明した。
善晴から依頼を受けたことで、協力をすることにしたこと。
はっきりとした決着を望んでいたため、体育祭で競い合うことにしてはどうかと、提案をしたこと。
善晴の性格傾向を分析し、言葉での説得よりも実際に行動し、白黒をはっきりさせた方が理解が深まるということなどを、二人は知ることができた。
ちなみに、貞彦を悪者扱いしたことは「そうすることで、彼の中では悪者に戦いを挑む正義といった構造となり、全力を出し切れるであろうと思いました」と最もな理由を付けた。
けど「そうした方が面白いことになりそうだとも思いまして」という後者の意見が本音だと貞彦はにらんでいた。たまにこういうことをするから、展開がややこしい方にいってしまうんだと、貞彦は思った。
澄香にも意図があることがわかり、素直は大人しくなった。
とはいえ、わずかにだが距離が遠い気がする。貞彦は少しだけへこんだ。
「それにしても、競うのは別にいいけど、なんで体育祭なんだ?」
貞彦が聞くと、澄香は体育祭のメンバー表を机に並べた。
「今年の体育祭は、全学年合同で二つのチームに分かれる、紅白対抗戦です。そのメンバーを見てみれば、わかるかもしれませんよ」
三人でメンバー表をなぞるように眺める。
善晴と澄香は白組。
貞彦と素直は紅組。
見事に分かれていた。
「おあつらえ向きにチームが異なっていたため、ちょうどいい機会のように思いました」
澄香が依頼を解決する際に、法に触れない限り、あらゆる手段を用いるといった信条を掲げていた。学校行事すらも利用するといった姿勢には、尊敬の念と畏怖を同時に覚える。
しかし、貞彦が一番気になっていたことは、設定された目標だった。
素直を悪の道から救い出す。
多少大げさに言ったのだろうが、善晴の願いが叶うということは、素直がこの相談支援部を辞めるということに繋がるのではないだろうか。
澄香がそんな目標を取り付けること自体に、違和感があった。
素直が部活動を辞めてしまうことは本人の意思ではないはずだし、もしこの願いが叶えられたとして、出来る限りの人がハッピーに終わる結末とは思えない。
澄香の意図はこれだけではなく、まだまだ隠されているのだと感じていた。
「体育祭で競うことは別にいいんだ。だけどどうして勝ち負けにこだわるのかな? 勝った方が正義で負けた方が悪だって限らないんじゃないかな?」
素直の質問に対して、澄香は大人びた表情で返した。
酸いも甘いも知ってしまったような、複雑で意味あり気な笑み。
「素直さんの言う通り、勝った方が正しいというわけではありません。ですが、勝った方が正しいと見なされることは往々にしてあります。勝てば官軍、というわけですね」
次の土曜日。親睦会件作戦会議のため、貞彦と素直はファミレスに紅組メンバーを数人呼び出していた。
澄香の意図はまだ掴めないでいるが、勝負に負けるわけにはいかない。
素直がどうするかについては、本人に任せるしかないことは貞彦にもわかっている。
けれど、何もせずに負けてしまうことは本意ではなかった。
「久田に素直ちゃん。久しぶりだな。今日は呼んでくれてありがとな」
黒田はキザったらしく髪をかき上げた。
無視しようにも、ついにその方法は取れなくなってしまった。
今までは、視界にちょくちょく入ってくるだけだったが、体育祭では同じ組となってしまった。
ちくしょう、と貞彦は思った。
「まあ同じメンバーだしな。サッカー部のエースが味方にいることは心強いし、よろしく頼むよ」
「うん。今回の勝負には絶対に勝ちたいからね! よろしく黒田先輩」
二人に言われて、黒田は満足そうな表情をしていた。
「ところで、澄香先輩はいないのか?」
「いや、澄香先輩は白組だから、今日の集まりにはいないぞ」
貞彦が言うと、黒田はあからさまにがっかりとした表情をしていた。急にモチベーションが下がっている様子だった。
「久田くん、素直ちゃん。今日は呼んでくれてありがとう! お泊りバーベキューに参加できなかった時は、もう悔しくて悔しくて!」
拳を握りしめて悲しい表情をしながら、瑛理が近寄ってきた。
貞彦は不安に思っていた。
刃渡瑛理と同じ組になってしまったことを。
「瑛理! 鼻水を垂らすな! ほら、チーン」
サヤにティッシュを渡され、瑛理は全力で鼻をかんでいた。
「なあサヤ」
「なんだい、親友」
「瑛理はその、大丈夫なのか?」
言いたいことは多すぎて、抽象的な問いかけになったが、サヤは貞彦の言いたいことをくみ取ってくれたようだった。
「まあ、運動神経が悪くないということは救いかもね。でも、知っての通り、瑛理には大いなる問題がある」
「やっぱり、そうだよな……」
「うん。集団行動が絶望的に苦手だということだ」
貞彦とサヤは、ため息をついた。
人と馴染めない故に超個人主義の瑛理は、集団での適応性はうんざりするほど低い。
チームとして一丸となって競い合う体育祭で、果たして活躍はできるのだろうかと、今から不安になった。
貞彦は周囲を見渡す。
偶然にも、『りあみゅー』メンバーは全員紅組だった。いちゃいちゃしているような或と満を、ノエルはひたすら眺めていた。あんな真剣な表情をしている人物は、滅多に見ることはできない。
テーブルの端の方では、ネコと紫兎がにらみ合うように話をしている。仲が良いのか悪いのか、本当のところがよくわからなかった。
瑛理と貞彦のところを言ったり来たりしているカナミ。可愛さというポテンシャルは高いけど、素直いわく、体力はあんまりらしい。
「サダピー先輩おひさ~。元気してる?」
「カルナか。久しぶり。俺はまあ、元気だ。カルナは?」
「あたしは元気元気。素直っち達と海にも行ったしね」
「ああ、聞いてるよ。楽しそうで何よりだな」
「でもさ~ほんとはサダピー先輩も来たかったんでしょ? 遠慮しなくてもいいのに。サダピー先輩だったら歓迎だよ~」
カルナは挑発的に胸を寄せるような仕草をしていた。
あきらかにわざとやっているが、視線は吸い寄せられる。
貞彦は全力で目を逸らした。
「アッハハ~マジウケるー」
カルナはひとしきり貞彦をからかって、自分の席に戻っていた。偶然にも隣に座っていた、大樹に絡み始めた。同じ一年生だからまだ、話しやすいのかもしれない。
素直がジト目で貞彦を見ていたが、怖いので無視をすることにした。
カルナは体力はあるらしいから、戦力としては期待できそうに思う。
しかし、心配なのは。
「貞彦ちゃんに素直ちゃん。今日は呼んでくれてありがとう! お礼は私の愛で返すよ」
風紀委員副委員長。実は一番風紀を乱していると噂の、紅島まりあが現れた。
歩いているだけでハートマークを振りまいているような佇まい。もはやギャグだと貞彦は思う。
返事をする前に、まりあはすでに素直に抱き着いていた。
素直は嬉しそうにまりあと抱き合っていた。
「ほらほら、貞彦ちゃんも。ぎゅ~」
貞彦もまりあにハグされた。
幸せに満たされるが、不安はさらに増していった。
「ちなみにまりあ先輩、運動は得意なんですか?」
まりあは相変わらずハートマークを振りまいていた。
けれど、額には汗が滲んでいた。
「愛があれば、大丈夫だよ?」
「つまり、苦手なんですね」
「愛は得意分野だよ!」
「運動は苦手なんですね!」
貞彦がツッコむと、まりあは『アイアイ』を歌いながら、紅組メンバー達に愛を振りまき始めた。
まりあはネコとカナミを巻き込んで抱き着いていた。可愛い子同士が抱き合っている姿を見て、貞彦は神に感謝を捧げた。
そういえば偶然にも、各学年の注目株が紅組に揃っていた。
この光景を写真に撮って売れば、いい値段になるのではないかと、ゲスイことを考えていた。
「ねえ貞彦先輩」
「な、なんだ?」
ゲスイ考えを読み取られたのかと不安になったが、素直は神妙な顔をしていた。
「だいじょうぶかなぁ……」
素直は体育祭のことを考えているようだった。
「不安な気持ちはわかる。素直にとって頭が良さそうな人を三人上げるとしたら、一体誰だ?」
素直は腕を組んで考え込んだ。
「えっと。澄香先輩と峰子先輩と来夢先輩かな」
「うん。俺もまったく同意見だ。で、改めてメンバー表を見直してみよう」
二人はメンバー表に視線を落とした。
今あげたメンバーは、全員白組に所属していた。
「一番の不安要素は、頭脳派が誰一人このチームにはいないことだ!」
「た、たしかにそうだね!」
素直は愕然としていた。
人それぞれに個性があり、もちろんいいところも多々あることは認めている。
しかし、戦略的な思考や戦術に長けている人物は、残念ながら見当たらない。
ざっくりと言ってしまえば、こちらのチームはアホばっかりだった。
「貞彦先輩。今だけでいいから弱音を吐いてもいいかな?」
「もちろんいいぞ。俺も吐き出してしまいたいことがあるんだ」
貞彦と素直はお互いを見つめた。
そしてため息をついた。
『このチーム……負けるな(ね)』
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