第4話 ん? 今なんでもするって
「澄香先輩が敵? どういうことなんだ?」
「善晴さんから依頼内容は『素直さんを悪の道から救い出す』でした」
「悪の道? わたしはそんなひどいことをしてないよ」
「素直さんの言うことは最もです。ですが、確かに私たちのしていたことが、大きな事態へと発展したことに関しては、事実ではあります」
その件を持ち出されてしまうと、何も言えなくなってしまう。
依頼をしてきた当人たちにとっては、良い結果となったケースもあった。
けれども、関係のない一般生徒までも巻き込んでしまっていた、という事実については否定ができなかった。
「私だって、本当はそんなことをしたくなかったんです」
澄香は涙を流すような仕草をしていた。
善晴は真に受けているようで、澄香に対して同情的な眼差しを送っていた。
けれど、澄香が演技をしているということは、貞彦にはバレバレだった。
今度は一体何を始めるつもりなんだろうと、貞彦は嫌な予感に身の毛がよだつようだった。
「このような事態になってしまった真実について、善晴さんに全てをお話しいたしました」
真実も何も、澄香先輩が一番楽しんでやってるじゃねえかと、貞彦はツッコんでしまいたくなった。
澄香はちらちらと貞彦の方を見ていた。何らかの意図があるようなので、ツッコミたい気持ちを抑え込んだ。
「恐れに身を震わせながらも、改めて真実を語りましょう。今までのことは全て、貞彦さんが裏で指示を出していたんです!」
澄香は探偵に独白する容疑者のような口調で言い放った。右手では何故かスマホを持っていたことが、妙に気がかりだった。
いきなり真犯人扱いをされて、わけがわからないより、傷つきが先に顔を出した。
俺は何か、澄香先輩に嫌われるようなことをしただろうかと、思わず泣きそうになっていた。
ピコンと、貞彦のスマホに通知音が鳴る。嫌な気持ちを追い払うためにも、逃避としてスマホを確認する。
澄香からのメッセージだった。
『嘘ですごめんなさい本当に申し訳ございませんこれも意図があってのことなのです大変勝手なのですが私のことを嫌いにならないでくださいお願いします』
貞彦は少しだけ安堵した。
澄香は貞彦を悪者にしたいわけではなく、嫌われたわけでもなかったようだった。
けれど、貞彦は澄香のメッセージについて、とある感想を抱いた。
重っ。
「久田先輩……見損なったぞ!」
善晴は鬼の形相で、貞彦にずんずんと近づく。
わずかに背が高い善晴に、貞彦は威圧されて気圧されていた。
「見損なうほど評価を頂いていたとは、ありがたいな」
「ああ。愚劣で淫猥な豚だと思っていたが、邪悪で愚劣で淫猥な汚豚へと昇格だ」
「最初の評価も大概だな!」
貞彦がツッコむと、またもやスマホにメッセージが入る。
確認する。またしても澄香からだった。
『こちらの都合で誠に申し訳ないのですが吉沢さんの言うことに合わせてください。悪役のように振る舞っていただけるとこの上ないです。代わりと言ってはなんですが全てが解決した暁には――なんでもいたします』
貞彦はスマホをポケットにしまった。
澄香のメッセージの意味がわからなすぎて、混乱をきたしていた。
しかし、と貞彦は思う。
いくら澄香の言うことだからといって、全てを聞き入れるわけにはいかない。
澄香の意図はわからないし、悪役のように振る舞うことの意味もわからない。
ましてや、全てが解決したらなんでもするとまで言われるほどの重要さも見いだせない。
貞彦は、紫兎の件で学んでいた。
何もかもが思い通りにいく人生よりも、先の読めなくて不確定の人生の方が楽しく思うということを。
なんでも思い通りになる澄香先輩なんて、本当に魅力的なんだろうか。
思い通りにいかないことが人の悩みであるはずだ。けれど、思い通りにいきすぎることもまた、何かが違うというものだ。
今回ばかりは、澄香の誘いに乗るわけにはいかないだろう。
貞彦はそう結論付け、目一杯息を吸い込んだ。
そして、言った。
「ふははははははは。なんだ、バラしちまうとは、案外情けないんだな澄香先輩もな!」
貞彦は、全力で悪役を演じることにした。
心と体は、一致していなかった。
湧いてきた欲望に負けることを、心底情けないとは思いつつ、貞彦は続きの言葉を発した。
「澄香先輩。いつまでそっちにいるんだ。こっちに来いよ。素直、お前もだ」
「は、はい」
「ええー!? どうしちゃったの貞彦先輩?」
素直はおっかなびっくりながらも、貞彦の指示に従って右隣についた。
澄香は、俯きつつ貞彦に近づいた。命令されて仕方なく従っている雰囲気が出ていて、こればっかりは上手い演技であった。
貞彦が下劣に舌なめずりをすると、善晴は奥歯を噛みしめていた。ギリッと歯が削れる音が聞こえる。
「今までのことは、全て俺が仕組んだんだ。問題を解決するフリをして、学校の奴らを混乱させて楽しんでいたのさ! 澄香先輩や素直だって、俺の手駒にすぎないってことさ」
貞彦はそう言いつつ、本気で悪役を演じようと行動に移した。
両手を広げてフックをかけるように、澄香と素直の首元を抱きしめた。二人は自分の手中にあると、誇示しようという意図があった。
効果は絶大だったようで、善晴は顔から火を噴きそうなほどに怒りを滾らせていた。
「久田先輩……いや、久田貞彦! 貴様のような悪の化身を生かしておくわけにはいかない!」
「ほう。暴力でも奮おうっていうのか?」
「いや、そんなことはしない。無益な暴力に身をやつしてしまうことが、正義ではないからだ」
「だとしたら、お前はどうしようって言うんだ?」
「公式な場で、真正面から叩き潰してやる!」
そう言って善晴は、貞彦の前に封筒を叩きつけた。
ご丁寧に『果たし状』と書かれていた。
中を確認すると、貞彦に対する延々の悪口と、数枚に及ぶメンバー表が同封されていた。
それは、一ヶ月後に行われる、体育祭のメンバー表だった。
「この雪辱は、体育祭にて果たす!」
善晴はそう言って、貞彦に抱かれる素直に対して、悔しさと哀れみの視線を向けた。
「待ってろ素直さん……君を必ず、この世の全ての悪から救い出してみせるからね!」
善晴はそう言って、颯爽と去って行った。
「いくらなんでも、そこまでの悪人じゃねえだろ!」
当人がいなくなって、貞彦はようやくツッコミを入れることが出来た。
慣れない役を演じて、貞彦はどっと疲れを感じた。
二人から腕を離して、一息つこうとした瞬間。
「素直パンチ」
「ごはっ」
素直からあごを殴られて、貞彦は悶絶した。
痛みで視界が眩む中、素直の方を見つめる。
涙目になっていた。
「貞彦先輩のことを信じていたのに……エッチ極悪人男らしいところもある最低男!」
素直はなおも攻撃を加えた。
先ほどのセリフを完全に信じてしまったようだ。
「す、澄香先輩! 素直の誤解を解いてくれ!」
澄香に助けを求めるが、返事は帰ってこなかった。
素直からの拳を避けつつ、澄香の様子を伺う。
なぜかボーっとしているようだったが、幸せそうな笑顔だった。
「す、澄香先輩?」
「うふふふ。貞彦さんが、ふふふふふふふ」
「この人使い物になんねえ!」
ツッコミを入れると同時に、素直の拳がみぞおちにめり込んだ。
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