第11話 男の意地
三人で議論を交わした結果、黒田と太田の二人には、大見を巡って戦ってもらうことになった。
「決めておいてなんだけど、どうしてこんなことになったんだ」
「貞彦先輩が言ったんじゃん。二人の男が愛を示すためには……もう戦うしかないって」
貞彦は自分で言ったらしいと聞いても、ピンとこなかった。
「俺が?」
「ええ。昨日の貞彦さんは、とても情熱的で、かっこよかったですよ」
ニコニコとした澄香に言われて、自分が本当にそのような発言をしてしまったのだと理解した。
「深夜テンションって、こわい」
「深夜ってほどでもなかったけどね」
「夜になると副交感神経。つまりリラックスする効果が強まるので、冷静さがなくなるというのは事実ですね。夜に書いた文章は、朝に見返した方がいいと言いますし」
貞彦は、夜になってからの発言には気を付けようと誓った。
「それにしても、黒田はともかくとして、太田くんと大見さんは来るんだろうか」
貞彦が心配を口にすると、澄香は貞彦の顔を覗き込んだ。
「不安なのですか?」
「正直なところそうだ。今回の発端は黒田の相談があったからだけど、太田くんや大見さんの意思があったわけじゃないからな」
「オオミンに事情を説明した時は驚いてたね。詳しいことはぼかしたんだけど太田くんが行きたいのなら行くって返事だったよ」
「太田さんの返事はどうだったのですか?」
太田に連絡した際の返事は、頭の中に入っていた。
けれど確認のため、貞彦は太田の返事をもう一度見た。
「『突然のことでどうすればいいか迷っています。考えてみます』って返事だった」
「まあ、無理もないですね。もし来ていただけなかったら、また別の方法を考えましょう」
対決する場所は、幼い頃に黒田と大見が来ていたという近所の公園だ。野球やサッカーができるグラウンド、散歩コースに遊具など、一般的な設備は整っている。
貞彦はスマホで時計を確認した。午後六時。部活動もあるだろうと思い、待ち合わせ時間は六時半に設定した。
まだ三人は来ていないため、相談支援部のメンバーは、暇を持て余していた。
「そういえば、『星の王子さま』のことなんだけど」
貞彦は暇なので、雑談をすることにした。
「全部読まれたのですか?」
「いや、一旦本棚に戻して後で読もうと思ってたら、無くなってた。多分誰かが借りていったんだな」
澄香の考えを理解するために必要だと思っていたが、まさかこんな形で阻まれるとは思わなかった。
「絶対に読まなければいけないものでもないですから、読みたい時でもいいと思いますよ。それに」
澄香は、小悪魔のような笑みを浮かべた。
「私の持っているものをお貸ししますよ。また、一緒に読みますか?」
図書室での出来事を思い出し、恥ずかしさに頭が沸騰しそうだった。
「いや、大丈夫。一人で読むから」
「それは残念です」
全然残念がっていないような表情で、澄香は言った。
あの出来事に関して、澄香は一体どう思っているのか、貞彦は気になっていた。
かといって、聞くことも出来ない自分を、情けなくも思っていた。
「あっ。黒田先輩が来たよ」
黒田は部活動を終えた後なのか、体操着姿でこの場にやってきた。
口角を上げて余裕そうな表情ではあるが、瞳からは真剣味を感じた。
「相談支援部のみんな。手伝ってくれてありがとうな」
「いえいえ。これも契約の内ですから」
「まさか美香子だけじゃなくて、彼氏くんにも連絡してくれるとか、予想以上だぜ。彼氏くんには言ってやりたいこともあるしな」
黒田は指を鳴らして気合を入れているようだった。
「ないとは思いますが、乱暴なやり方は今回の趣旨とは違いますよ」
「わかってるって。あくまで彼氏くんと勝負して、勝ったら美香子に告白すればいいんだろう?」
澄香は決して言葉では肯定せず、微笑みで答えた。
貞彦は心配ごとでいっぱいだった。
太田と黒田が平和的に対決することはいいとして、太田が勝った場合は問題はないのだ。
黒田は太田の存在を認めざるを得なくなり、とりあえずの問題は一旦収束する。
けれど、もし太田が黒田に負けてしまった場合は、どうなるのだろう。
今の大見が黒田の告白を受け入れるとは思えないが、その先の想像がつかない。
太田はさらに不安を強めるだろうし、おそらく黒田は増長する。そうなってしまった場合、一体どうすればいいのだろうか。
本当に、誰もが納得をするハッピーな結末は訪れるのだろうか。
「大丈夫ですよ。世の中の出来事は、なるようにしかなりません」
貞彦の不安を読み取ったのか、澄香は貞彦にだけ聞こえるように言った。
不安はあまり解消されなかったが、出来事を見届ける覚悟は決まった。
待ち続けること十五分。
ついに太田と大見はやってきた。
「来たな」
大見は不安そうに太田の手を握っていた。
しかし太田の方は、普段の優し気な微笑はなりを潜め、いつになく真剣さをみなぎらせていた。
「初めまして、黒田先輩。一年B組の太田大樹と言います」
「君が太田くんか。俺は黒田大吾。二年A組。よろしくな」
あわや一触即発かと警戒していたが、スポーツマンシップは根付いているのか、二人とも自己紹介を行い、がっちりと握手を交わしていた。
黒田は、まるで怒っているような表情で大見を見つめた。言いたいことは色々とあるのだろうが、この場では我慢しているようだった。
大見は申し訳なさそうにしていた。秘密が家族にバレてしまったような、罪悪感を感じているのかもしれない。
「それで二人は何で戦うの?」
素直が取り仕切った。
「俺はなんでもいいぜ。身体能力には自信があるからな」
黒田は余裕そうな表情に変わった。
身長一八〇センチを超える身長の黒田に対し、太田は一七〇センチに届かない。ましてや、サッカー部でエースをポジションをこなしている黒田にとっては、運動系の競技全般は得意なのだろう。
選択権は太田に委ねられた。
「一〇〇メートル走はどうでしょうか。勝敗の付き方もシンプルで時間もかかりません」
黒田の表情が、ますます余裕を見せ始めた。
「俺は構わない。余計なお世話かもしれないが、大丈夫なのか? 俺は運動、特に走ることには自信があるぜ」
あからさまな余裕を見せる黒田に対し、太田は拳を固く握りしめた。
「問題ありません。それに、黒田先輩が得意なことだというのなら、僕は受けて立つべきだと思います」
「なんでだ?」
「相手の得意分野で勝つことができた方が、よりかっこいいじゃないですか」
「へぇ……言うじゃねぇか」
黒田の表情から笑みが消えた。
挑発とも思える太田の言葉。
真っすぐに立ち向かってくる姿には、男気すら感じる。
黒田の太田に対する警戒心が和らいでいる様子だった。
「では、一〇〇走で行きましょう。素直さんはスタートの合図をお願いします。私たちは、ゴールでお待ちしていますね」
澄香に促されて、貞彦と大見はゴール地点に向かった。
正確な位置は測っていなかったが、グラウンドの半周はだと二〇〇メートルだと聞いていたので、目測の場所で待つことにした。
澄香、貞彦、大見の順で並び、スタート地点の三人を見渡した。
大見は一言も話さずに、ただスタート地点を見つめていた。
「大見さん。大丈夫か?」
心配になって、貞彦は大見に声をかけた。
「大丈夫、です。でも、わからないことがあるんです」
「わからないこと?」
「大樹くんとクロにぃは、どうして勝負をするんでしょうか?」
戸惑いと不安。揺れる瞳から、そういった感情が感じられる。
「太田さんには、太田さんの立場と想いがあります。太田さんにとって黒田さんとは、今まで大見さんを守り続けてきた大きな存在です。その役割を、自分が担いたいと考えているはずです」
澄香もスタートラインを見つめた。
「そして黒田さんにとっては、太田くんは自分の立ち位置を揺るがすような存在、と認識しているのではないでしょうか」
大見はまだ、納得がいっていない様子だった。
「私にとっては、二人とも大切な存在だと思っています。それでは、ダメなんでしょうか」
貞彦には、一人の女性を巡って争った経験はない。
どのような気持ちなんだろうと想像はできるけど、そんな時に自分がどうするかなどは、想像しかつかない。
けれども、大見の言っていたことを思い出す。
恋愛はきっと、理屈じゃない。
太田の想いが恋なのか、黒田の想いが恋なのかなんて、本当のところはわからない。
ただ、自分自身の想いをなんらかの形で表現したい。
きっと、そう思うのではないだろうか。
「ダメってわけじゃないと思う。けれど前にも言ったと思うけど、不安で憶病な気持ちを、なんとか振り払いたくて必死なんだと思う。それに、男だったらきっと、負けたくないんだって思う」
「……やっぱり男の人ってよくわからないですね」
澄香は大見に向かって微笑んだ。
「よくわからなくていいのです。大見さんはそこで感じたこと、思ったことを自由に表現すればいいのです。まずは二人のことを、見届けてあげましょう」
澄香が言うと、大見は頷いた。
スタートラインの方を見ると、素直が手を上げていた。きっと、スタートを切る準備が出来たのだろう。
貞彦は見つめ、想像した。
これから始まる、男の意地をかけた戦いについて。
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