第209話 逆襲⑤
クレア達は、心底ぞっとした。
いったい、この男はいつの間に自分の前に現れたのか。音もなく、ホビットの体を斬ってのけたのか。鋼色の怪人は、答える気もなく、にやにやと笑うばかり。
「『選ばれし者』ッ! クレアさん達を死守しろ!」
「基地を滅茶苦茶にした奴だ、間違いねえ! 覚悟しやがれ!」
そんな相手が敵だとしても、亜人達は勇敢に四人の前に立ち、武器を構える。
「よせ、戦ってはならん!」
これが蛮勇だと知っているアルミリアは思わず叫んだが、手遅れだった。
「はぁ、雑魚が俺様に声かけてんじゃねえよ」
ユーゴーは苛立った様子で頭を掻くと、軽く両手を翳した。何をするつもりか、と亜人達が警戒した調子で睨むよりも早く、彼の腕は人間の形から、十本の泥の如き刃へと変貌して、一瞬で彼らの頭を貫いた。
クレア達が息を呑む間も与えず、亜人達の死体は力なく斃れ込んだ。液体金属をどろどろと垂れ流しながら、ユーゴーは愚かにも刃向かった雑兵の成れの果てを嗤う。
「これくらいの奴らなら、返り血を浴びずに殺すのは簡単だったな。どうだ、この隊服は? 今日みたいな日の為に、特注で作らせたんだぜ?」
確かに、自分の仲間達を殺されたのは、アルミリアには許せなかった。
「……お主、なぜそんなに笑っておられる!?」
だが、何よりも許せないのは、そこではなかった。
「この状況を見ておるのか!? 『明星』とゾンビ軍によって要塞が蹂躙されておるなど、牢にいたわらわ達でも分かる! お主ほど強い者が、その間何をしておったのだ!」
金色の煌びやかな隊服を自慢するユーゴーからは、仲間や部下を重んじる雰囲気は一切感じられなかった。『選ばれし者』と呼ばれるのであれば、そんな男が最初に気にするのが、自分の服だというのが、アルミリアには到底信じられなかった。
ここまで言われても、ユーゴーの心は一切動じない。というより、完全な力を手に入れたと思い込んでいる彼にとって、心地の良い言葉以外は耳に残りすらしないのだ。
「あ? 知らねえよ、要塞が落ちたのは部下の落ち度だ。俺様には関係ねえよ」
関係ないとあっさり言ってのけた彼を前に、一同は唖然とした。
斃れ行く聖伐隊の隊員を、破壊されゆく城壁を、崩落する塔を、全てを他人事だと思っている。こんな傲慢な、邪悪な人間がいていいものだろうか。
「『ハンドレッド・カノン』を使っていいつったのに何もしなかったみてえだし、本当に無能な奴らだぜ。こんなことで、俺様の手を煩わせんなって!」
「どうしようもないうつけじゃ、貴様は! 幼子よりもくだらぬ戯言を、ぐ!?」
たまらず吼えたアルミリアの首を、ユーゴーの腕が掴んだ。手が届かないはずの距離だったのに、鈍色の彼の腕が伸び、少女を掴んだのだ。
「俺様に盾ついてんじゃねえぞ、クソガキが」
クレア達の前で、ユーゴーは奇怪に色の変わる目をぎょろぎょろと回しながら、アルミリアがじたばたと抵抗するのも構わずに笑い続ける。誰も抵抗できない、相手にならないと知っているからこそ、彼は自身の無敵を疑わない。
「よし、決めた。二人目に処刑するのはてめぇだ。本当は真っ先に殺してやりてえが、最初はもう決まってるんだよ……そこの盗賊女ってな!」
ユーゴーが指差したのは、何とクレアだった。
ジュエイル村での因縁かと思われたが、だとするならば一番最初に殺されるのは、彼を殺したルビーのはず。困惑するクレア達に向かって、彼が言った。
「ククク、何で自分がって顔してんな? てめぇを殺すと一番ハーミスが悔しがりそうだって、それだけだっての。安心しな、残りの奴らもちゃんと処刑してやるからなァ!」
狂ったように笑うユーゴーを見て、クレアは一歩退いた。あまりの恐怖に、怪我も忘れて冷や汗が止まらなくなる彼女を守るべく、ルビーとエルが躍り出る。
「そんなこと、ルビーがさせないッ!」
「ルビー、魔法で援護します……!」
正直なところ、彼女達も誰かを守れるほどの体力は残っていない。しかし、仲間を守る為であれば、全身が腫れ上がっていても、翼に穴が開いていても、クレアの肉壁となるのを躊躇う理由にはならない。
エルを背負ったままでも戦おうとするルビーを、ユーゴーは嘲笑う。彼が二人を蹴散らすなど、アルミリアを掴んだままでも事足りるのだ。
「ほお、魔法ってえのは……これのことかァ!?」
残った左手を、ユーゴーがちらつかせた。
「うあッ……」「グガゥ……」
ただのそれだけで、彼の掌から信じられない威力の、鈍色の光が放たれた。魔法についての素人であるクレアですら、その攻撃が魔力によるものだと分かった。
しかも、エルが使う魔法の衝撃波の威力か同等以上。そんな一撃を受ければただで済むはずがなく、二人は纏めて吹き飛ばされ、地面を擦って動かなくなった。一度の攻撃で動けなくなるほど、双方は疲弊していたのだ。
「盗賊女に魔力の攻撃を受けた時によ、ちょっと覚えさせてもらったんだよ。使いこなすのは難しくないぜ。魔法の使役なんて、俺様にとっちゃ余裕なんだよ!」
「ルビー、エル! 何という、ぐぅあッ!?」
「アルミリア……あぁッ!」
抵抗しようとしたアルミリアも、彼女の身を案じたクレアも等しく、ユーゴーが首を掴んで締め上げる。藻掻こうと、足掻こうと、まるで意味がない。
「さぁて、邪魔者もいなくなったし、処刑場に案内してやるぜ。本当なら広場で斬首刑だったんだが、観衆もいねえし、俺様の好きにさせてもらうとするかァ!」
いうが早いか、ユーゴーは背中から金属製のドラゴンの翼を生やし、天高く舞い上がった。目的地は勿論、彼が住まう白い塔の最上階――空が天井となった階だ。
たちまちそこに辿り着いたユーゴーの手から、二人が解放される。塔の上に投げ出されたアルミリアとクレアは、冷たい石にぶつかった衝撃で動けないままだったが、自分達の周囲の景色が変わっていくのには気づいた。
宙に浮くユーゴーの体からにじみ出る金属が、塔の最上階を包んでいくのだ。
まるで金属による球体を作るかのように、彼と少女達だけを取り囲むように金属の球が作られてゆく。周囲からの干渉を許さない、完璧な牢獄が完成する。
塔の最上階をすっぽりと覆う、鈍色の球。光は僅か、頂点から差し込む陽の光だけ。
背中から金属が千切れ、ユーゴーは端に立つと、呻きながらも彼から距離を取ろうとするクレアとアルミリアに静かな殺意を湛えながら見つめ、言った。
「ここだ。俺様の力で誰も邪魔できない――究極の処刑場だ」
彼の望んだ処刑は、これから執行されるのだ。
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