第208話 逆襲④
クレアを縛る縄が切れると、彼女はよろよろと起き上がり、牢の扉の施錠を解く。
アルミリアは次に、ルビーとエルの拘束を切り離した。ドラゴンであるルビーはどうにか立ち上がれる様子だったが、エルは動けないほど衰弱しているようだ。
「……エル、担いであげる……よっこい、しょ、と……」
「世話を……かけます……」
ルビーに担がれたエルとアルミリアの前で、クレアがナイフを使い、牢の鍵を外す。先に外に出たクレアが、廊下に置かれた机を漁るが、彼女達の私物はない。
「やっぱり、処分されてるわね……あたし達の荷物……着の身着のままで逃げるしかなさそうだけど、大丈夫……あんた達……?」
ルビーとエル、アルミリアにクレアが問うと、三人とも頷いた。
「ルビーはいけるよ、怪我もまだましだし……」
「もとより、魔女は着の身着のまま、です……」
実際問題、これまで来ていた服やアイテムが無くなっていても、文句は言えない。今この状況では、命と囚人服があって、脱出する機会があれば、今は十分なのだ。
折れた右腕、その指の痛みを誤魔化すように唇を噛み、クレアも頷き返す。
「……よし、行くわよ。なるべく早く外に出て、要塞から――」
一同は覚悟を決め、直ぐ近くに見える地上への入り口へと歩き出そうとした。
その途端、入り口を封じていた木の扉が、勢いよく蹴破られた。
まさか監視員が戻ってきたのかと思い、咄嗟にクレアはアルミリアを庇うように抱きかかえ、ルビーはエルを背負ったままでも、体に鞭を打って戦闘態勢を取る。暗い通路に光が差し込み、扉を壊した者が顔を見せた。
「――ここにいましたか!」
人間ではなかった。髭をこれでもかと蓄えた、背の小さな男性の亜人。
確か、ドワーフとかいう種族だったと、クレアは覚えている。しかもその後ろから、金髪の背の高いエルフや、小柄な人間に限りなく近いホビット族までもが顔を覗かせる。緑色のマントに身を包んだ五人の亜人が、武器を背負って地下牢にやって来たのだ。
では、亜人達が何故、人間の要塞にいるのか。戸惑うクレアに、ドワーフは斧を担ぎながら、どたどたと駆け寄ってきた。不思議と、敵意は感じなかった。
ドワーフは息を切らしながら、安堵した様子で言った。
「怯えないでください、我々は『明星』に所属する者、クレアさん達の味方です! 貴女方を救うべく、ベルフィ総隊長から命令を受けてきました!」
アルミリアは驚いた。あの『明星』が、目の前にいることに。
「『明星』、みょうじょうじゃと!?」
クレアは驚いた。かつてエルフの里で出会ったベルフィの名前が出たことに。
「それに、ベルフィって……あのベルフィ!? エルフの!?」
「その通りですが、詳しいことはここを出てから話します! 怪我も酷いようですし、ここからは我々と後ろにいるゾンビ軍団が護衛します!」
ドワーフ達が紹介するのを待っていたかのように、ゾンビ達がひょっこりと姿を現した。錆びた武器や土気色の肌、紛れもなくカタコンベでアルミリア達と共に過ごしたゾンビ達は、彼女の無事な姿を見て、ぱっと顔を綻ばせた。
「アルミリア様、無事ですか!」「俺達が助けに来ましたよ!」
「お主ら……!」
安心感から、またも涙を流しそうになったアルミリアだったが、彼女はどうにか尊厳を留めた。ゾンビ達に囲まれる彼女にほっと一息つきながらも、クレアはある違和感に気付き、ついドワーフに聞かざるを得なかった。
「……ハーミスは、ここにはいないの……?」
この騒動を起こしたのがハーミスであると、クレア達は思っていた。しかし、その当人がおらず、何かあったのではないかと心配してしまったのだ。
少し困ったような顔で、ドワーフは答えた。
「共に要塞には来ましたが、今はどこか……とにかく、ここを出ましょう!」
「うん、行こう!」
しかし、彼やルビーの言う通り、今はハーミスよりも自身の身を案じるべきだ。総説得されたクレアは、よろめく体をなんとか動かしながら、階段を上って地上に出た。
二日ほどぶりに陽の光を浴びたクレア達は、その明るさよりも、以前と同じ場所とは到底思えないほど破壊し尽くされたモンテ要塞に驚愕した。
崩れ落ちた城壁。人間の悲鳴。飛び交う矢と鍔迫り合う剣。要塞は戦場となっていた。
しかも、『明星』の構成員とゾンビ達が言った通り、凄まじい数の亜人達が、要塞とそこにいる聖伐隊達を蹂躙していた。隊員達の数はまだまだ尽きなさそうだが、それを差し引いても、巨大なゾンビ獣や巨人の大暴れによる被害は甚大だ。
「……凄い、亜人とゾンビが手を組んで……それに、巨人も……!」
「あんな巨大な魔物まで……どう見ても要塞の戦力を上回っています……これだけの戦力を、どうやって揃えたのですか……!?」
問いに答えるよりも先に、質問したエルとルビー、クレアを囲んだ亜人達は動き出す。敵も当然これを見逃さず、戦果を得ようとするべく追いかけてきた。
要塞の外に続く城門跡に向かって走りながら、ホビットが言った。
「ハーミスの協力で、ゾンビ軍団と『明星』が手を組んだんです! モンテ要塞を攻略するのと同時に、貴女達を救出する作戦を成功させる為に!」
話す傍から、猪ゾンビによって隊員が突き飛ばされる。こちらに走ってくる人間は、須らくゾンビによってリンチされるか、エルフの矢で射抜かれている。これだけの戦力を纏めるのだから、改めてハーミスの凄さを実感させられる。
「……本当に、大した奴よね、ハーミス……」
やはり彼は、復讐者ではなく、何か大きな導きを行える者なのだ。
仲間達が、まるで自分の功績であるかのように誇らしく微笑むと、ゾンビ達も笑顔に呼応してはしゃぎだす。勿論、迫りくる雑兵を殴り、斬りながら。
「俺達が一年温存してたゾンビ獣と『明星』の総突撃で、聖伐隊の奴らはもうボロボロだぜ! このまま要塞を全部ぶっ壊してやりますよ、アルミリア様!」
自分と一緒に過ごし、同じ目的の為に立ち上がってくれたゾンビ達の、何と心強いことか。彼ら、彼女らをずっと率いてきたアルミリアとしては、こんなに嬉しい出来事はない。今の立場すら忘れてしまうほどに、彼女は喜ぶ。
「うむ、うむ! なんとも心強いのう!」
そして運よくか、或いは戦況が傾いてきているのか、敵の数も減っている。一同を護衛する面々としては、遠いが近く見えるあの出口へと走り抜けるチャンスだ。
「ともかくこの調子なら、早急に要塞から出られそうです! あの門を抜けて――」
ホビットはクレア達を逃がそうと、皆を先導するように前に躍り出て、振り向いた。
恐らくは全員の安全を今一度確認し、一気に駆け抜ける作戦を共有しようとしたのだろう。彼はほんの少し、少しだけ一同に振り向いただけ。城門に背を向けただけ。
それが、命取りとなった。
「――え?」
ホビットの体を、銀色の刃が貫いていた。
まるで木の葉を裂くように容易く、ホビットの体は斜めに切り下ろされ、肉塊が音を立てて崩れ落ちる。彼を殺したのは、彼の背後に――クレア達の前に立つ男。
左腕を銀色の、鋼の刃に変えた男は、腕を元の人間の形に変えた。そんな芸当ができるのは彼しかいない。
クレア達が逃げ出す壁となるのは、聖伐隊隊員や、ましてや正規軍人ではない。最大の障害として君臨するのは、金色の特注隊服を纏い、金の髪を見せつける男だ。
「――どこに行こうってんだ、てめぇら? あァ?」
「ユーゴー……!」
金の歯を見せて笑う、ユーゴー・プライムだ。
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