第205話 逆襲①
大勢の目に映るのは魔力の塊だけだが、ハーミスには別のものも見えていた。
(砲撃だけじゃねえな、城壁に魔力障壁を重ね掛けしてやがる。カルロの遺品だな)
ハーミスの目は、はっきりとカルロが張り巡らせた障壁を捉えていた。確かにこのままでは、接近した仲間達は焼き払われてしまうし、そもそも砲弾の雨で壊滅だ。
不安を伴いながら、狼型の魔物に乗ったベルフィは、並走するハーミスを見る。
「ハーミス様……!」
「分かってる! 皆、俺の後ろに下がってくれ!」
彼の言葉を聞いて頷いたのは、シャスティだ。
「……総員、ハーミスの指示に従え! 彼が攻撃を凌いだら、突撃するぞ!」
「「はッ!」」
巨大な一団が、ハーミスの少し後ろに下がる。凄絶な足音から聞こえるのを耳に感じ取りながら、白い獅子に跨ったまま、彼は義手の掌にあるシャッターを再び開く。
今回は、それだけではない。手首周辺の装甲が展開し、内部からアンテナ状のパーツが四つせり出してくる。赤く光るそれにとんでもない量の魔力が充填されているのか、時折雷が流れるように、魔力が弾け、力強さを表している。
一体、どれだけの威力を齎すのかはハーミスにも分からない。ただ一つ理解できているのは、以前とは比べ物にならない力だということ。それだけで十分だ。
「『多目的武装内蔵型超原子魔導義手』、『拡散砲撃形態』!」
獅子の雄叫びと共に、掌を迫りくる無数の青い殺意に向かって翳す。
黒腕が赤く染まり、金属音、耳鳴りのような音が、周囲一面に唸り。
「聖伐隊の野郎共――喰らいやがれ」
そして――彼の右手から、赤い閃光がまたも撃ち放たれた。
天空を斬り裂く、一迅の光。ただし、撃ち込まれたのは空ではなく、砲弾の雨霰。青い殺意と深紅の光線が激突し合う寸前、閃光に変化が起きた。
先端が僅かにたわんだかと思うと、まるで無数の木の枝のように拡散したのだ。枝分かれした光の数は砲弾の総数、つまり百をどう見ても優に上回っている。
それら全てが、青い砲弾を貫通した。
貫かれた青い魔力の塊は、空中で爆散したが、まだその進撃は終わらない。勢いを保ったままのレーザーが、砲弾を粉々に砕いた百発を超える紅の閃光が、城壁に直撃すればどうなるか。
連合軍の目の前で爆散し、人間と城壁を諸共破壊し尽くす光景が答えだ。
「……なんと、これは……」
百の砲塔全てを悉く爆散せしめたハーミスの一撃に、オットーも呆然とする。
「やべえだろ、あれ……」「人間業じゃねえよ……」
ゾンビや『明星』の構成員も、消えゆく閃光と、黒煙を立ち昇らせて炎上し、時折誘爆する城壁を目の当たりにしてただただ唖然とするばかり。聖伐隊の秘密兵器と重厚な城壁を、たった一人で半壊状態に追い込んだのだから。
シャスティ、巨人のガズウィードですら目を丸していたが、ベルフィだけは驚きを内に閉じ込めていた。彼女は静かに息を吸い、巨人達に指示を下した。
「……五番隊、『登り網』の準備を」
返事はない。
「――五番隊隊長、ガズウィード! 網の準備を急いでください!」
「は、はいっ!」
叱咤するかの如く叫んだベルフィの声で、ようやくガズウィード達は、背負っていた太い縄で編み上げられた巨大な網を構える。
その一方で、ハーミスはシャスティの隣まで戻ってきた。
「反撃してくる様子がないな、さっきの一撃が相当効いたみたいだぜ」
「あれでやられていなければおかしいだろう! よくやった、ハーミス!」
闘志を秘めた笑みを浮かべるシャスティの言葉が伝い、連合軍の驚愕は熱意へと変わってゆく。先頭を行く二人の隣に、ベルフィとオットー、巨人達が並んで走る。
聖伐隊の隊員達が慌てふためき、パニックになっている様が見えるほどに一同は近づいてきた。他の武器や使ったり、対策を取ったりする余裕すらないようで、城壁の下に転げ落ちた、焼け焦げた死体すら視界に入ってくる。
「このまま敵の本拠地に乗り込む! ガズウィード達が投げた網に捕まり、『明星』は城壁から制圧にかかる! 五番隊とゾンビ軍団は……」
「承知しております、シャスティ様。城門を破壊し、内側から蹂躙しましょうぞ」
「ありがたい、頼むぞ……よし、ガズウィード、五番隊! 網を投げろ!」
「りょう、かい、ですっ!」
シャスティの命令で、ガズウィードを含む巨人達は網を振りかぶり、思い切り投げた。
端に大きな鉤爪の付いた網は、壁にへばりつき、鉤で歩廊を砕いて固定された。人の体ほどもある鉤は、ちょっとやそっとの人数と力では外せなさそうだ。
「すっげえな、城壁にでかい網をひっかけて、あれを登って攻城するってのか。エルフだからもっと繊細な方法を使うと思ったんだが、超大胆だな!」
「これくらいじゃないと、レジスタンスなどやっていけん! 行くぞッ!」
「「はい、『明星』の名の下にッ!」」
『明星』の戦闘員は乗っていた魔物から跳び上がると、網にしがみ付き、慣れた様子でぐんぐんと登ってゆく。しかもなんと、四足歩行の魔物も同様に登るのだ。
弓矢による迎撃も、投石もない。敵の騒ぎ声と悲鳴しか聞こえてこない城壁を登り切って敵に打撃を与えるべく、総隊長のベルフィも、狼型の魔物の背に立つ。
「ハーミス様、どうかご武運を!」
彼女はハーミスに向かって小さく頷くと、魔物と共に網へと跳躍した。
その動きは素早く、エルフの姫として縮こまっていた頃の彼女と同じとは思えない。辛うじて残った、石窓から顔を覗かせる兵士の顔を弓で射抜く姿は、エルフの勇士と呼ぶに相応しいだろう。あれなら、『明星』の兵士を任せられる。
「そっちもな、ベルフィ! そんじゃオットー、俺が城門をぶち壊すから、ありったけのゾンビを雪崩れ込ませろ!」
ハーミスは小さく笑うと、眼前にまで接近していた巨大な木造りの城門へと目を向けた。聖伐隊の隊員やレギンリオルの兵士が多く犇めいているが、障害にもならない。
「畏まりました!」
オットー達ゾンビ軍団を率いるハーミスは、義手の拳をぐっと握り締める。
今度は溜め込む必要もない。空を殴るかの如く、拳を前に突き出し、開くだけでいい。
「『超圧縮衝撃波発射形態』、ブチかまあぁぁすッ!」
ただし、威力はパンチどころではない。
拳から震動と鼓膜を破りかねない音が鳴り響いたかと思うと、赤く輝く衝撃波が右拳から解き放たれた。魔力弾の如き速さで射出されたそれは、城門の前に蠢く人間達を瞬く間に吹き飛ばしただけでなく、人間二人分はある厚さの城門を玉砕した。
「ぎゃああああッ!?」「城門が、一撃でええぇッ!?」
ハーミスとしては、気合を入れたが、威力は抑えたつもりだった。だが、衝撃波は数十人近い人間を一撃で再起不能にし、巨大な門を破壊し、入り口に風穴を開けたのだ。
「……この腕、ちょっと並じゃねえな……っと、ぼさっとしてる場合じゃねえ!」
とはいえ、威力制御についての反省は後。今は、思い切り使ってやる方が良いだろう。
「皆、今が攻め時だ! 要塞をブチ壊してやれぇーッ!」
「「うおおおぉぉぉ――ッ!」」
掛け声に応じ、ゾンビ達が吼える。止める者はいない。城壁の対応で敵は手一杯。
怖れているかのようにもたもたとしている聖伐隊を嘲笑うかのように、無数のゾンビ軍団と魔物ゾンビ、巨人、そしてハーミスが要塞の中へと、土石流のように突撃した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます