第206話 逆襲②


 城壁が崩壊し、『明星』もゾンビ軍団も、誰一人欠けることなく乗り込んだ。

 故に、堅牢なるモンテ要塞は今まさに、人間にとって阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。

 とんでもない数の怪物が城壁の歩廊から要塞に殴り込みをかける。砕けた城門を踏み潰して巨大な魔物と巨人が城址を蹂躙する光景は、悪夢以外の何物でもない。

 とはいえ、聖伐隊やレギンリオル正規軍も黙ってはいない。彼らとて伊達に魔物を追い返し、亜人を借り尽くしてきたわけではない。白、青の鎧に身を包み、非人間を抹殺するべく要塞の中からわらわらと武器を構えて湧き出てくる。

 だが、今回ばかりは相手が悪かった。


「死ねい、ゴミめッ!」


 聖伐隊の一人が、自慢の剣を振るい、ゾンビの右腕を斬り落とした。しかし、ゾンビの男は呻きも悶えもせず、静かに錆びた剣を拾うと、慄く隊員の前で微笑んだ。


「一回死んでるんだよ。この程度で死ぬわけねえだろう、がッ!」


 そう言って彼が突き刺した剣は、隊員の喉を的確に貫いた。

 彼に限った話ではないが、ゾンビの武器はいずれも古びていて、欠けたり折れたりは当たり前となっていた。このゾンビの武器も同様で、敵に射した時点でへし折れた。

 しかし、ゾンビにとっては大した問題ではない。彼のように、敵を殺せば、その手に握られた武器を奪い取ればいいだけだ。敵を殺し、新品を調達する。一石二鳥である。


「ようし、攻撃は防いだぜ! お前ら、めった刺しにしてやれぃ!」


「おう、行くぜ!」「ぶっころせーっ!」


 おまけに、ゾンビ達は並の軍隊以上に統率が取れていて、仲間意識も強かった。

 槌を持った巨漢のゾンビは、仲間の盾となって矢や槍の攻撃を受ける。その背後から、ナイフを構える少年ゾンビや小柄なゾンビが突撃して敵を仕留める。どこまで行っても過激な宗教団体の域を出ない聖伐隊とは、訳が違う。

 地上でゾンビ軍団が人間を斬り殺し、殴り殺す傍らで、『明星』も目覚ましい活躍を見せていた。当然と言えば当然だ。彼らは、正真正銘のレジスタンスなのだから。


「はッ! せいッ!」


 宙を舞いながら矢を放つエルフの腕前は、百発百中。


「ふん、どおりゃああ!」「容赦しないぞ、聖伐隊め!」


 ドワーフの鉈が敵の頭をかち割る。ホビットは石畳を駆けまわり、敵の足を斬り、身動きが取れなくなったところを仕留める。そのいずれもが的確で、聖伐隊は血を噴き出し、泡を吹いて斃れてゆく。緑のマントが翻る度、人間が死んでゆく。

 しかし、何よりも要塞の人員にとって脅威だったのは、巨躯の存在だった。


「小さい、何もかもが小さい! こんな程度で、巨人を討とうなど!」


 ガズウィード率いる五番隊、即ち巨人部隊を相手する羽目になった人間は、最早同情してしまうほど簡単に一蹴されてしまっていた。

 巨人の武器はない。その辺りにあった瓦礫を掴み、投げ、ぶつけるだけ。子供の遊びの延長線にも見える攻撃は、命中すれば人間の頭を潰し、彼らが手を振るうだけで延長線にいた者は下半身を残して千切れ飛ぶ。もう、誰も巨人に近寄ろうとしない。

 ただ、こちらは理知的な攻撃である分まだましだ。もう一つは、そうではない。


「「ギイイギャアアアアアァァ――ッ!」」


「あ、あ、あひいびゅっ」「びゅごえええ!?」


 ゾンビ達が作り上げた、家屋の何倍も大きな牛や猪、狼といった形を模したゾンビ獣は、背に乗せた主人達の命令に従い、目に見えるもの全てを薙ぎ払って行った。

 これらに関しては、逃げても意味がない。近寄らずとも意味がない。相手の方から臭いをかぎ取って、追いかけてきて、二度と動かなくなるまで踏むか、噛み砕くのだ。


「逃げてんじゃないわよ! 私達の恨み、思い知れ!」


「待って、待ってくれ、降参するううぁぁ!?」


 圧倒的な戦力差、執念の差。進軍してくるゾンビを、魔物を、亜人を止められない。


「動くな、反逆者! スキルがないのは知っているぞ、抵抗するな!」


 さて、彼らに、燃え盛り、死が蔓延する要塞の中心部となる広間に立つハーミスを止められる理由があるだろうか。スキルがないと知って、図に乗っている彼らに。

 合わせて十人の、鎧を纏った隊員に囲まれていても、ハーミスは一つも動じない。


「……ちょうどいい、試すか」


 義手の手甲がせり出し、赤い光の刃が現出する。聖伐隊が驚くより先に、彼は軽く刃を振るい、くるりとその場で回った。ハーミスにとってはこれだけで十分だった。

 揺らめくように伸びた刃が、取り囲んでいた十人全ての体を鎧の上から真っ二つに裂いていた。恐らく彼らは、自分が死んでいるのにも気づかずに絶命しただろう。彼の意志に従って自由自在に伸びる光の刃を仕舞い、彼は呟く。


「クレア達がいねえ……どこに隠しやがったんだ、ユーゴー……!」


 指を鳴らし、ゾンビや『明星』の面々が聖伐隊を殴り、刺し、斬り、潰す煉獄の様の間をかいくぐるように走り出すと、彼は直ぐにオットーと合流した。


「ハーミス様。この者の話によりますと、収監された者はあの塔の地下にいるそうです」


 オットーが突き出し、投げ捨てたのは、顔の半分を毟り取られて絶命した正規軍の兵士。ここまで滅茶苦茶にされた末に吐いたのだから、きっとこの情報は正しい。


「助かったぜ、オットー! 早速行くぞ!」


 クレア達を救い出すべく、城址の奥に見える白く高い塔を見据えるハーミスとオットーだったが、どうやら敵は数ばかりをしっかりと揃えているようだ。


「待て、反逆者!」「ゾンビも動くな、成敗してやる!」


 今度の数は、さっきの比ではない。何十という数の聖伐隊が、地下から飛び出してきて、たちまち二人に武器を突き付けたのだ。

 普通なら相当慌てるところだが、二人はやけに落ち着いている。理由は簡単だ。


「やあぁッ!」「せいッ!」


 『明星』を率いるエルフのベルフィとシャスティが、近くの壁から飛び降りざまに、番えた三本の矢を同時に放ったのだ。的確に眼球を射抜かれた兵士は即死し、残った者達は突然の攻撃に驚くが、そもそも驚くべきはまだ早い。


「ブモオオォォォ――ッ!」


「邪魔だ、人間めっ!」


 巨大なゾンビ牛が三頭と、二人の巨人が、壁を突き破って突進してきたのだ。

 今度こそ、兵士達が逃れられる術はなかった。殆どの兵士は一瞬で石畳の染みとなり、残りは巨人に殴られるか、足を掴まれて投げ飛ばされた。要塞の一部に直撃し、血の前衛芸術となり果てた敵など一瞥もせず、華麗に着地したシャスティが言った。


「二人とも、ここは我々に任せろ。地下に行って、仲間達を探すんだ」


「大丈夫なのか? 敵も結構な数だぜ」


「ハーミス様、問題ありません。見てください、私達が遥かに優勢です」


 言われてみて要塞を見回せば、ゾンビが人間に齧りつき、ドワーフやホビットが逃げる敵を追い回して塵殺している。どう見ても、こちらが優勢だ。

 これならば、任せても良いだろう。ハーミスがそう思ったのと同時に、またもや聖伐隊の隊員が続々と、他の塔の入り口から飛び出してくる。こんな敵を一々相手にしていれば、確かにきりがない。


「……頼んだぜ、皆! 行くぞ、オットー!」


「はい、ハーミス様!」


 二人は頷き合うと、白い塔に向かって駆け出した。

 彼らの後ろ姿を見送った後、残った面々は迫り来る敵を睨みつける。


「ベルフィ姫、私の後ろに!」


「シャスティこそ、私に後れを取らないように、ですよ!」


「――ブヌオオオォォォッ!」


 巨大牛の咆哮を合図に、亜人達は一斉に聖伐隊へと襲い掛かった。

 どこかで爆発が起こり、矢が飛び交い、剣が激突する。だとしても、破壊されるのは城塞であり、死するのは人間であるのには変わりなかった。

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