第185話 降下


 貫通した槍が、男の口から飛び出していた。切っ先の向きからして、恐らくその武器は穴の開いた方向から飛んできた。人が立ち寄らないとされる、『忌物の墓』から。

 白い槍が刺さった男は、ふらふらとよろめく。

 ハーミスを含め、誰もがその異変に気付き、硬直する。


「あ、な、なに、があがあぁッ!?」


 その静寂が破られると同時に、男の顔に、更に槍が投擲された。あっという間に顔中が剣山のようになった男が、どうと斃れたのを確認したかのように、広く開いた穴の外から縄が投げ込まれた。

 誰も、何も話さない。一切動けない。唐突過ぎる事態を前にして行動を取るのは、縄を伝って下りてくる、白い衣服を纏い、槍と盾を背負った、多数の人間。

 彼らの隊服を、見間違えるはずがない。ぞろぞろと降りてくる人間は、聖伐隊だ。

 地下墓地の床に着地して、武器を構える聖伐隊の隊員達。いきなり襲いかかっては来ないからか、ゾンビ達の思考はまだ止まっているのか、逃げようともしない。アルミリアですら目を丸くするだけの現状で、まともに脳が動いているのは、ハーミス一行だけだ。


「……冗談でしょ。ここは人間が入ってこない場所だって言ってたわよ」


「ああ、だけど、俺達が忘れてたんだ。あいつらに、そんな常識は通用しない」


「私達を始末する為なら、どこまでも追ってくる。成程、確かにそういう連中でしたね」


「グルゥ、ガルルルル……!」


 四人が敵を睨んでいると、アルミリアとオットーが正常な思考を取り戻したようだ。


「皆、騒がないように。敵の出方を窺います」


 オットーの命令に従い、ゾンビ達は騒がず、しかし聖伐隊から距離を取る。

 彼の隣に立ちながら、アルミリアは魔物を狩る白い悪魔を指差して、彼に問う。


「ハーミス、あれはまさか、聖伐隊の……!?」


 じっと敵を見据えるハーミスにとって、雑兵はさほど問題ではない。


「それだけならまだいい。中央の二人は『選ばれし者達』、幹部連中で俺の幼馴染なんだが……ここに居ちゃいけねえ奴が一人、混じってるな」


 問題なのは、陣形を作るかのように並び立つ聖伐隊の円陣の中央に、穴から飛び降りてきた二人だ。一人は包帯塗れ、一人は鋼色の肌。

 そのうち、ハーミスが異常であると確信したのは、存在しないはずの人間。


「どうして、死んだ奴がここにいるんだよ――ユーゴー」


 包帯巻きの隣に立つ、死んだはずの男――ユーゴーは、金色の歯を見せて、笑った。


「訂正しろよ、ハーミス。今の俺様は、ユーゴー・『プライム』だ」


 間違いない。クレアとルビーが目を見開き、驚愕するのも当然だ。


「なんで、おかしいでしょ!? あいつはジュエイル村で、確かに……」


「うん、ルビーが頭を潰した! 絶対に殺したはずだよ!」


 エルは知らない様子だが、他の三人にとっては因縁の相手である。

 金髪を剃り込んだがたいの良い男、聖騎士のユーゴーは、ハーミスとルビーの故郷での戦いで死んだはずなのだ。ルビーが朝まで顔面を殴り潰し、確実に殺したはずである。

 しかし、よくよく見てみれば、目の前の男にはあの時と違う点が見受けられる。

 聖騎士であった頃の甲冑は取り払われていて、通常の隊服を身に纏っているのもそうだが、以前と違い、見られる肌の六割以上が鈍色に染まっている。両耳の巨大な円形のピアスはなくなっていて、金色に光る歯は、間違いなく金属質だ。

 そして、あの肌に似た色を、最近見た覚えがハーミスにはあった。バルバ鉱山での戦い、カルロが作った金属製の兵隊、機械兵があんな色だった。つまり、彼は。


「……あの肌の色、金属か何かと合体してやがる。カルロの奴、とんでもねえ置き土産を残していったみたいだな」


 ハーミスの予測に、ユーゴーはげらげらと大声で笑い返した。


「ご明察だ。俺様はあいつのスキルで、新たなる生命体へと生まれ変わったってわけだ。最強にして完璧な生命体――ユーゴー・プライムとしてなァ!」


 そう叫んで大笑いするユーゴーの肌の鉄色は、流動する水のように濃淡が変わってゆく。どうやらカルロは、一行の知らない間に彼の死体を回収し、作り直していたようだ。よりにもよって、ネーミングセンスの欠片もない、最低最悪の男を。


「最強完璧を名乗る割には、名前はパクりかよ……」


 周囲の聖伐隊隊員はというと、命令が下されていないからか、一行に動く様子を見せない。ならば、金属生命体と化した馬鹿と話し続けている時間を活かさない理由はない。


「アルミリア、構ってやる必要はねえ。逃げるんだ」


 ハーミスがアルミリアに耳打ちすると、彼女の行動は早かった。アルミリアはすう、と大きく息を吸い込むと、『選ばれし者達』がその動きに気付く前に、声を張り上げた。

 こんな状況での命令は、二つに一つ。闘争か、逃走かだ。


「うむ――指導者アルミリア・デフォー・レギンリオルが命ずる! 『明星』カタコンベ支部の同胞達よ、速やかに『例の場所』へと避難せよ!」


 今回に関しては、後者である。

 そして、『明星』カタコンベ支部の兵士達は、年老いていても、女性でも、誰一人として愚鈍な者はいなかった。聖伐隊が反応するよりずっと早く、各々が役目を理解し、瞬時に行動に移した。

 広間中に存在する通路を使い、一斉にゾンビ達が逃げ出したのだ。


「『例の場所』だ、急げ!」「散り散りになって逃げるんだ!」


 それも、ただ逃げ惑うのではない。戦闘力に自信のある兵士がしんがりを務め、子供達を逃がす。一か所に集中せず、なるべく仲間を分散させて逃がす。並大抵の練度ではない動きを前にして、聖伐隊は口をポカンと開くばかり。

 烏合の衆が動けるようになったのは、幹部が声を上げてからだけだ。


「どこのことだか知らねえが、させねえよ! てめぇら、ゾンビ共を殺せ!」


 ユーゴーが怒鳴り散らしてからようやく、聖伐隊が動き出した。

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