第184話 掘削


 凄まじい音と共に、筒から爆弾が放たれた。

 その狙いは、三角錐ではない。錐が刺さっている周囲の土であり、爆弾は六つに分かれて、それの周りに突き刺さると同時に、尖った先端がとんでもない勢いで回転し始め、爆弾の勢いを借りて突っ込んでゆく。障壁などでは、到底止められないようだ。

 爆裂音と共に突き進んだ爆弾は、恐らく地面の中で爆発したようだった。轟音が鳴り、皆が耳から手を離したのとほぼ同時に、三角錐の刺さっていた天井は勢い良く崩れ落ちた。しかも、辺りの天井を崩落させず、その周りだけを的確に。

 硬い土が床に叩きつけられ、砕け割れる音がした。黒い土壁の中で、大きな三角錐がぐちゃぐちゃにへし折れてしまっていたのを見つめながら、ハーミスが言った。


「『掘削用魔導螺旋機雷発射装置』、複数の回転する機雷を発射して、突き刺さった部位を貫通する。これで辺りの土ごとくり抜いて、落とすって寸法だ」


 エルの目から見ても、あのアイテムは完全に破壊されてしまったようだ。


「機雷の衝撃と、落下の衝撃に耐えられずに、装置が破損しているようですね……」


 あまりにもあっさりと障壁の発生源を破壊し、ハーミスはにっと笑った。


「……これで、障壁は解除されたはずだぜ」


 第二階層の中でも、ここは恐らく最も地上に近いところだったのだろう。

 ぽっかりと開いた巨大な穴から、薄暗いが――外の光が、差し込んでいたのだ。

 ゆっくり、ゆっくりとアルミリアはハーミスの前に出た。


「……光じゃ、墓の外の光じゃ。三度目の……!」


 彼女の丸い瞳に映っていたのは、あの時と同じ光。同胞を焼き、自分達は地下の住民なのだと烙印を押させた、眩くも憎々しい光。オットーも、不安を隠せないようだった。


「大丈夫かな?」「また焼かれるんじゃないのか?」


 指導者達ですらそうなのだから、他の者達が心配にならないはずがない。身を焼き焦がされるのは、幾ら忠誠心の厚いゾンビとしても、遠慮したいところだろう。


「可能性は十分にあるわね。こればっかりは、ゾンビじゃないと確かめようがないわよ」


 クレアが肩をすくめると、一人のゾンビが群れから出てきた。左腕のない彼の手には、どうやら彼のものらしい、土気色の左腕が握られている。


「それなら、僕の手を使って確かめてくれ。ゾンビになった時に外れたまま取っておいたんだが、投げ込めば壁があるかどうかが分かるはずだ」


「便利なもんねえ、ゾンビって」


 感心した様子のクレアの隣で、エルがゾンビから左腕を受け取る。投げ飛ばしてもいいが、最も確実なのは、彼女が魔法で、外に放り込むことだ。


「この腕が燃え尽きれば、結界はまだありますね……えいっ!」


 エルの桃色のオーラで包まれたゾンビの腕は、彼女の挙動に合わせて、ハーミスが放った爆弾のように飛んでいった。差し込む光に吸い込まれるように弧を描いた左腕は、天井の直前まで届いても燃え尽きず、無傷のまま、穴の外へと行ってしまった。

 魔力も、ゾンビの体も通した。つまり、障壁はもうない。


「……燃え尽きてねえな。外に投げ込めた。ってことは――」


 ゾンビを封印していた枷が外れた。カタコンベを覆う忌まわしい帳が剥がれた。

 長らく待っていた時が訪れたと、アルミリアの体が理解した瞬間。


「外へ出られる! 皆の者、墓の外に出られるぞ――っ!」


「「やったーっ!」」


 彼女の喉が張り裂けんばかりの大声と、仲間達の大歓声が、鼓膜を破りかねないほどの声が、カタコンベ中に轟いた。

 あまりに大きな声だったので、思わずハーミスやクレア、ルビーまでが耳を覆ってしまったほどだ。ゾンビにはそんな心配はないのか、誰もが笑い、喜び、残った手足が千切れそうなくらい振り回し、中には一行に抱きつく者までいる始末だ。

 無理もない。延々と続く訓練や貯蓄、その他諸々が無駄にならず、遂に実を結ぶ時が来たのだ。それも、憧れのハーミス一行が奇跡を起こしたのだから、彼らを崇拝するゾンビ達にしてみれば、喜びは二倍どころか二乗である。

 ルビーやクレアの手を取り、小躍りまで始め出すゾンビ達だったが、アルミリアだけは違った。彼女だけは、これがゴールではなく、スタートだと気づいていた。

 どこからともなく、オットーに木箱を用意させた彼女は、凛とそこの上に立った。彼女が仁王立ちするのを見て、男女、老若問わず、ゾンビ達は騒ぐのをやめ、踊るのもやめ、一斉にアルミリアを注視した。

 たちまち訪れた静寂を破ったのは、やはり指導者の声だった。


「早速戦いの準備を進めよ、これまで培った全てを活かす時が今来たのじゃ! さあさあ忙しくなるぞ、明後日までにはレギンリオルへの進撃の準備を整えよ!」


 えい、えい、おう、とゾンビ達は拳を天高く掲げ、一斉に作業へと移った。何の作業かなど言うまでもなく、武器を揃え、纏い、墓地の外に出て、レギンリオルへと挑む準備だ。その為に、一年近い時間を要してきたのだ。

 土気色の勇士達は、瞬く間に動き始めた。他の階層に行く者、この階層、この広間で準備を整える者などがいる中で、アルミリアは木箱から降り、ハーミスの背を叩いた。


「ハーミス、それに仲間達よ! 全てお主達のおかげじゃ、褒美を与えねばな!」


 不要だとハーミスは言おうとしたが、彼とアルミリアの間に、クレアが割って入った。


「褒美とは、ゾンビの癖に太っ腹じゃない! 言質取ったからね、後でゾンビなので何もありませんなんて言ったって、あたしは仕方ないじゃ済まさないわよ?」


「無論、わらわに二言はない! 聖伐隊を倒した暁には、更に褒美をはずもう!」


 こう言われれば、クレアのやる気は増すのだと知っているかのようだ。

 鼻の穴を大きく広げて気合を入れたクレアは、ルビーとエルを連れ、テントに戻って聖なる戦いに貢献しようと言い出す。二人はいつもの調子だと知っているので、呆れた表情で軽く受け流す。

 いつもの何倍も活気づいてきたカタコンベを見回し、オットーがアルミリアに告げた。


「お嬢様、今こそ『あれ』の出番でございますな。封を解きましょう」


「うむ、最下層から『あれ』を呼び出してまいれ!」


 『あれ』。ハーミスは知らないが、ゾンビ達にとっては周知の存在らしい。


「『あれ』? アルミリア、オットー、『あれ』ってなんだ?」


 彼はアルミリアに聞いてみたが、それよりも先に、他のゾンビに声をかけられた。振り向いた先、穴から差す光の中にいたのは、左腕を投げ込んだ男のゾンビだ。


「ハーミス、あんたやっぱりすげえよ! 流石は『獣人街の戦い』で勇者を――」


 にこにこと微笑み、彼の足元に転がる装置の素晴らしさを語ろうとした。

 ハーミスもまた、『あれ』については気になるが、男と話すつもりでもあった。


「――おごっ」


 だが、何かとうまくはいかないものだ。

 男の顔面に、どこかから太い槍が突き刺さって来なければ。

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