第178話 明星


 手を擦りながら、アルミリアはハーミス達から話を聞く気満々でいた。

 狐の如く落ち着いた面持ちのオットーですら、少しだけうきうきした調子を隠せないでいるようだし、何故か閉まった扉の外から気配も感じる。外で作業に勤しんでいるはずのゾンビ達が、英雄譚をこっそり聞きに来たのだろう。


「わらわは『獣人街の戦い』についてまずは聞きたい! あの聖伐隊と勇者リオノーレを退けたのじゃ、さぞ凄まじい死闘を――」


 にこにこ、うきうきとえんじ色の目を光らせるアルミリア。彼女に対して、すっかりげんなりした様子のクレアの隣に座るエルが、話を逸らそうと口を開いた。


「その前に、お聞かせ願えますか? 貴方達の言う、『明星』について」


 ここぞとばかりに、ハーミスも同調する。


「ああ、そうそう、俺も聞きたかったんだよ。あんた達はさっきからカタコンベ支部を名乗ってるけどよ、そもそも『明星』って何なんだ?」


 実際問題、彼も『明星』については少しも知らなかった。ゾンビ連中は知っているのを前提で話を続けているが、ハーミス達は聞いたことなど一つもない。

 ただ、アルミリア達からすれば、それ自体がおかしいようだ。


「なぬ? お主ら、『明星』を知らんはずがなかろう?」


 口を尖らせるアルミリアだけでなく、オットーすらも後ろで、ふむ、と声を漏らした。


「ルビー達、知らないよ? ここで初めて聞いたもん」


「そんなはずはないじゃろうに……まあよい、オットー、説明するのじゃ」


「畏まりました。皆様、こちらを」


 知らないものは仕方ないといった調子で、オットーはテーブルの上に、半分ほど破け、土汚れで読めなくなった新聞を広げた。辛うじて読めるところに一同が顔を寄せると、そこには一面を飾る記事があった。

 内容を抜粋すると、『とんでもない悪行』、『聖伐隊を闇討ちした卑怯者』など、どこかで活動する誰かを貶めるものばかり。挿絵には、聖伐隊を襲う、ロングコートを羽織った亜人達が描かれている。

 他は聖伐隊を肯定する記事ばかりなのに、ここまで書かせているとなると、相当厄介な組織なのだろう。ふむ、とハーミスが声を出すと、オットーが説明を始めた。


「『明星』とは近頃レギンリオル領土や周辺で起きている大規模な解放活動の主犯とされている、亜人と魔物のみで構成された組織でございます」


 ただのテロリスト程度であれば、ここまで紙面を割かないはず。名が知れているくらいなのだから、相当巨大な組織となっているのだろう。


「解放活動ってことは、奴隷を?」


「左様でございます。既に五十か所を超える地域での活動が確認されております。各所での目撃情報によりますと、複数の部隊に渡って、構成員は亜人で少なくとも七百を超え、巨人や狼男すら仲間となっているようです。魔物も百体ほど所属していると思われます」


 詳細を聞き、ハーミス達は驚きを隠せなかった。

 どこで手に入れた情報化、正しいかはともかく、七百を超える亜人と百以上の魔物が属する組織となると、並ではない。複数の部隊に分かれているとしても、駐屯所くらいは簡単に陥落するし、下手をすれば大きな施設も占領されかねない。

 聖伐隊にとって、魔物廃滅の最大の敵であることは間違いない。自分の知らないところでこんな活動が起きているのかとハーミスは驚いたが、彼も無縁ではなかった。


「襲撃の度に、ある言葉を現場に残しております。『服従も、逃亡も終わりだ。我らは立ち上がり、武器を取った』と。中には『救世主ハーミスの名の下に』、とも」


 なんと――やはりか、自分の名前が救世主として使われていた。

 ハーミスが、もう何度目になるか数えきれない呆れを顔に出すのと同時に、アルミリアが勢いよく、後ろに飾られたタペストリーを叩いた。

 反聖伐隊派を掲げる彼女の部屋に貼られたタペストリーだけあって、ハーミス達はようやく納得した。赤と青の単調な模様の上から書き込まれていたのは、正しく『明星』が遺すとされる文章のままだったのだ。


「その頭領、総隊長はエルフだと言われておる。それに倣ってここを『明星』のカタコンベ支部と名乗り、わらわは皆に支部長と呼ばせておるのじゃ!」


 項垂れたハーミスなど構わず、アルミリア支部長はどんと胸を張り、立ち上がった。扉の外から称賛の拍手が聞こえてきたが、勝手に名乗っているだけだし、名前を使われているハーミスとしてはたまったものではない。


「……あんたの名前、独り歩きしてるとは知ってたけど、まさかここまでとはね」


「こんな迷惑なこともねえよ、最悪だ」


 これ以上ないくらい大きなため息をつくハーミスと、同情する仲間達の前で、アルミリアはまだ、彼らが『明星』を作り上げたのだと信じて疑わない。


「わらわが新聞でこの活動を、ハーミス達の活躍を見た時には心躍ったものじゃ! 『明星』を作り上げた功績を自分のものともしないその謙虚さも、見事じゃ!」


「実際に作ってないんだから、言いようがないわよね」


 クレアの冷めた突っ込みも聞こえないほど興奮しているアルミリアをどうにかして止めなければ、このままでは延々と話し続ける羽目になる。仮に、話尽くすには何日もかかると言ったところで、彼女達は納得し、話を聞きたがるだろう。


「さあさあ、話しておくれ! いやいやそれだけではない、一人一人の能力も見たいのじゃ! ドラゴンに魔女、そしてハーミスの不思議な力も……」


 おまけに自分達の能力まで知りたがるとなると、いよいよ尻の穴まで公開するような気分にさせられる。外で山ほどのゾンビが聞いているとなると、羞恥が勝るのは当然だ。

 何より、苦笑いと作り笑いでどうにか場を持たせようとしていたハーミス達にとっては、もっと気になる要素があった。


「あー、俺達の話よりさ、ここのことを聞かせてくれねえか? 何で外に出られねえのかとか、そもそもここにどうして誰も近寄らねえのかとかさ」


 この地下墓地にどうしてゾンビがいるのか、どうして外に出られないかだ。

 ゾンビの発生理由や、ルビーが見えない壁に激突した落下した理由。特に後者は、ここからゾンビ達が出られない原因に直結していると、ハーミスは思わずにいられなかった。


「そうね、大体あんた達がどうしてゾンビになったのかも……」


 すると、アルミリアは急に快活な表情を消し去り、困った顔を見せた。

 オットーも同様だったし、扉の外もどこか静かになったようだ。

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