第177話 支部


「喜ぶのはいいけどよ、俺達はお前らに会いに来たんじゃねえぜ? レギンリオルに潜入しようとして、たまたまここに落ちてきたんだ」


「ふむ、この上は地盤が緩んでいるところも多いから、崩落に巻き込まれたのじゃろう」


 ハーミス達としては、いくら歓迎されているとはいえ、ここに長居するつもりも、そもそも来るつもりもなかったのだ。早々に地下墓地を出て、聖伐隊の本部に行くのが、彼らの目的である。


「とはいえ、ここに来たのも折角の縁じゃ! ハーミスにこの地下墓地、『明星』みょうじょうのカタコンベ支部を案内してやろうぞ! 皆の者、戦いに備えて今日も準備じゃ!」


「「おーっ!」」


 尤も、アルミリアを含むゾンビ達には、その意図はちっとも通じていなかった。

 アルミリアの号令を聞いて、彼女の配下であるゾンビ達は散り散りになって動き出した。まるで女王アリの命令を聞く働きアリのような様を見せつけられた一同が呆然としていると、女王アリに手を引かれ、棺のある広間から横道に連れて行かれる。

 彼女達はハーミスをここから出すことなど微塵も考えておらず、自分達が培ってきた何かを披露することしか考えていなかった。


(……『明星』……?)


 エルが聞き慣れない言葉に首を傾げる中、ハーミスは慌てふためく。


「は? おいおいおい、俺はだな、ただここを出られれば……」


 話を刺せる魔も与えないかのように、オットーに背中を押され、ハーミスは前に進む。

 灯りの点った、宮殿の通路ほども広い横道を一同は歩かされる。クレアやルビーはというと、最早抵抗を諦め、流されるままについて行っているようだ。

 それでもどうにかと口を開こうとしたハーミスだが、オットーに遮られた。


「ハーミス様、ここからはまともな手段ではまず出られませぬ」


「出られねえって、どういう……」


 ハーミスが答えるよりも先に、先導するアルミリアが足を止めた。

 そして、長い洞穴にも似た横道の終わりである、別の広間の前で大きく手を翳して、自分達が長く作り上げてきた成果を、これ見よと言わんばかりに知らしめた。


「見よ、ハーミス、仲間達! わらわ達が築き上げた、墓地改め基地じゃ!」


 彼女のやや青みがかった肌が、不釣り合いなマントが、ぱっと照らされた。

 ハーミス達の前に現れたのは、棺の広間よりもずっと広い――しかも複数の部屋に壁で分けられた、軍隊の養成所のような施設であった。


「……なんだ、こりゃ……」


 呆気にとられながらも、案内されるように、四人は広間に足を踏み入れた。

 これに近い施設を挙げるならば、獣人街で拠点として使ったリヴィオの屋敷だ。しかし、ここはそれよりも広く、熱気が篭り、戦士の養成所と呼ぶに相応しい場所である。

 どれもこれもが目新しいものである中――すれ違うゾンビが挨拶する中、クレアは真っ先に、浅黒い土壁に沿って木を継ぎ接ぎにして作成した武器置き場に目をやった。倉庫とまではいかないが、立て並べられた武器は、この広場の一か所に集められているようだ。


「凄いわね、剣、槍、斧に盾、これだけの武器! どれもおんぼろだけど、種類だけなら下手な聖伐隊の駐屯所よりも立派なもんよ!」


 彼女の言葉通り、錆や割れ、欠けを含めて武器の質はお世辞にも良くないが、数だけはとんでもないものだと言える。


「武器って、こんなもんまで落ちてくるのか?」


「カタコンベ支部の地上では、幾度か戦闘がありました。その際に死亡した兵士の武器や、地上の武器が沈んできて、ここまで集まったのです」


 オットーの説明を受けながら、次は隣の、白線で囲われた場所に案内される。

 そこは真っ新に均された土地で、特に何があるわけでもないのだが、代わりとばかりに屈強な男性ゾンビが一人と、彼の動きに続く沢山のゾンビがいた。何をしているのかと言えば、パンチやキック、格闘術の練習らしい。


「すぅー……せいッ!」「「せいッ!」」


 着の身着のまま――死んだままの格好で誰もが訓練を受けているが、誰もがさまにはなっている。一人の後ろで何十人もが動きをなぞる光景を見て、エルがアルミリアに問う。


「戦闘訓練所もあるのですね。一から武術の習得を?」


「否。処刑された者、暗殺された者の中には剣術や武術に精通している者もいたのじゃ。彼ら、彼女らが師範となり、老若男女問わず、志願した者には皆、戦い方を教えておる。いずれ勇猛な兵士となるじゃろう」

 一糸乱れぬ動きで武を学ぶ彼ら、彼女らは確かに、良い戦士となるだろう。その割には実践する機会という矛盾があるのを、四人はあえて指摘しなかったが。

 更にもう少し奥に進むと、今度は武器のような派手さも、武術を学ぶ精悍さもない老人老婆が集まり、机に見立てた木箱の上で、木材の欠片を動かしていた。近くまで寄って見てみると、それぞれの木材を何かに見立てて、棒で突いて動かしている。


「ねえねえ、おじいさんとおばあさん達は何してるの?」


「これは戦略、軍略の指南所じゃ。あそこにいるのはかつてレギンリオル軍に属しておった者でな、昔取った杵柄を活かしてくれておるのじゃ」


 腕や足の欠けたよぼよぼのゾンビ達がこぞって動かしているのは、自軍、敵軍と仮定した木材だ。もしも地下墓地を出た時には、彼らが若い頃に経験した戦いと、蓄積した知識が役に立つだろう。

 ただし、いずれも外に出て、戦う機会があれば、の話ではあるが。

 オットーの理屈ではそう簡単ではないらしいが、もしも実行できれば、これ以上に素晴らしい軍隊はそうそういないだろう。恐るべきゾンビ軍団が地上に出た暁には、きっとレギンリオル軍など怖くない。

 そんなことを一同が考えながら、はしゃぐアルミリアを半ば宥めるように、広間を横切るように歩いていると、時折籠を担いだ男のゾンビとすれ違う。

 よく見ると、籠の中には武器や、使えそうなランタンなど、アイテムが沢山。さらにそこを通り過ぎ、一層細い道に入って行きながら奥を覗いてみると、広間とは別の空間で、ゾンビ達が自作のツルハシやスコップで掘削作業をしている。

 死体を見つけては運び、アイテムを見つけては運ぶ。そうして隅に集まった女性ゾンビや子供ゾンビが、死体に命を与え、道具を修復する。これはもう、基地というよりは、一つの街として成り立っている。


「武術、軍略を常に教えて、特に仕事のなさそうな奴は掘削と武器の発掘、後は死んだ奴を仲間に加え入れる、と。こんなの、死んでから一年ほどでよく思いついたわね」


「正しく基地、あんた達の言う前線ってわけだ」


 てくてくと歩きながらも、アルミリアの声はどこか自慢げだ。


「そうじゃ。いずれ地上に出た時に何もない、何も準備していないなどでは、共に戦う『明星』の者に顔向けできん……ほれ、着いたぞ」


 そうこうしている内に、一行はある扉の前までやってきた。

 どことなく、歩いている途中で見かけた施設や部屋とは違う雰囲気のある扉。オットーがゆっくりとそれを押すと、中には地下墓地と呼ばれる環境には不釣り合いなほど、おんぼろかつ豪奢な装飾が施された部屋があった。


「ここは?」


「アルミリア様のお部屋でございます。お嬢様が、是非貴方がたとお話をしたいと」


 中央の円形テーブルを囲むようにハーミス達は押し込まれ、座らされる。所々千切れたタペストリーがかけられた壁側の、ふかふかとは程遠い革製の大きな椅子にどっかりと座り、英雄を前にしてこれまた青い頬を少しだけ赤らめ、にかっと笑った。


「そういうわけじゃ。さ、聞かせておくれ。お主らの武勇伝を」


 後ろに立つオットーの視線を感じても、ハーミス達は不思議と悪い気はしなかった。

 とはいえ、一刻も早く外に出たいという気持ちは、変わらなかった。

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