第168話 仲間
渓流地帯を抜け、何もない平原を走る赤いバイクが一台。
サイドカー付きのそれに乗っているのは、ハーミス一行。普段なら愚痴だの何だのと話してはいるのだが、今日はどうにか、口を開く気にもなれなかった。
ハーミスはブレーキをとんとんと指で叩いたり、エルは時折ぼんやりと空を眺めたり。どうにも暗く纏わりつく空気を払拭するように、クレアが身を乗り出し、言った。
「……ねえ、次は西に向かう予定よね」
胸をエルの肩に乗せるように話すクレア。いつもなら重い、と怒鳴ってくるところだが、相手は文句すら言わず、これまたぼんやりと返す。
「そうですね、予定通りならば。聖伐隊の駐屯所がどこにあるか分かりませんし、何度か迂回する必要はあるでしょう」
「……だな。遠くを見る目がないんだ、警戒に越したことはねえさ」
ハーミスも同じく、失った友へ思いを馳せているようだった。
誰も口にしなかったし、笑顔で別れたはずでも、まだ心の奥底にはしっかりとルビーが居続けた。彼女の声が今にも聞こえてきそうだったし、隣をルビーがずっと飛んでいるような気がしてならなかったのだ。
風に靡く髪を抑えながら、クレアは座席に戻り、俯く。
「……そうよね、もう……」
一番喧嘩をした回数が多い分、クレアの喪失感は最も強く、大きい。エルの長い桃色の髪が眼前ではためくのも、今は気にならないほど、辛く、苦しい。
「――んな……」
だから、ルビーの声が幻聴として聞こえるのも、仕方なかった。
「やんなっちゃうわね、幻聴まで聞こえるなんて。あたしらしくないわ」
ふう、とため息をついたクレアだったが、ハーミスとエルは違った。何故なら、はっと顔を上げた二人の耳にも、クレアにしか聞こえていない幻聴が聞こえたからだ。
「……いや、違う……!」
バイクを運転しているのに、危険だというのに、ハーミスと仲間達は振り返った。
迫ってくる、赤い影。一対の翼に、人間の五倍はある体と、蜥蜴のような顔。
「――みーんな――っ!」
あっという間にハーミスの隣にまでやってきたそれは、紛れもなくルビーだった。
「「――ルビー!?」」
笑顔を向けるドラゴンに、三人が驚くのは無理もなかった。彼女は確かに、ワイバーン達を導く存在となって、ハーミス達とは別れを告げたはずなのだ。
「いや、あんた、どうしたのよ!? ワイバーン達の長になったんでしょ!?」
「うん、でも皆が言ってくれたんだ、ハーミス達について行けって、ルビーが何をするべきかじゃなくて、何をしたいかに従えって! ワイバーン達は飛んで行ったの、ハーミス達みたいに、色んな魔物や亜人を助けに行くって言って!」
空を飛んで行く彼らの姿を見つめたルビーは、ちょっとだけ考えた。
「だから、ルビーも考えて――直ぐに分かった!」
そして、自分が選んだ道を思い出した。
ジュエイル村から、エルフの里。魔女の隠れ家から獣人街を超えて、海の上。そしてバルバ鉱山まで共に歩んだ道を――『責務』を果たす。それこそが、ルビーの道。
「ルビーね、最後の最後まで一緒に旅をしたい! ハーミスと、クレアと、エルと旅をする、それがしたいことだって!」
つまりは、旅を続けたいということである。
ハーミスと離れるなど、やはりできなかったのだ。クレアと話す日々を、エルと笑い合った日々を過去にしてしまうなど、ルビーには到底できなかった。
「……ルビー……!」
安堵したように微笑む三人だったが、ルビーは少し物悲しそうな顔をした。
「……でも、ルビーは皆みたいに凄くないの」
自分がここに居てもいいかと、彼女はまた、言い出せなかった。
彼女がトパーズにだけ話した悩み。ハーミス達に言えば、納得されてしまうのではないかと恐れていた悩み。即ち、自分には三人のように素晴らしい力がないと、ドラゴンとして持っていて当然の力しかないという悩みだ。
今、話すのも怖かった。だが、今ここで話すしかなかった。
言わずに戻るのは、ルビーの心が許さなかったし、きっと許せない。
「力任せに何かを壊すことしか、飛ぶことしかできないよ。ハーミス達みたいな凄い力もない。ついていったら迷惑になるかもしれないしって、ずっと思ってたの。それでも傍に居られればって、居させてくれたらって――」
溢れ出るように、自分の弱いところを吐露しようとした時だった。
「――こぉの、大馬鹿ドラゴンっ!」
サイドカーが横転しかねないほど勢いよく立ち上がったクレアが、ルビーに向かって、今まで一度だって見た覚えがないほどの勢いで怒鳴りつけた。
「ひゃっ!? く、クレア!?」
人間よりずっと大きな体をすくめるルビーに、クレアは構わず叫び散らす。
「あんたが凄くない!? あんたが!? どこのどいつがそんなたわごと抜かしたのよ、そいつ連れてきなさい、ドタマかち割ってやるから!」
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