第147話 黄玉
周囲の同族が静かにもう一歩退いた中、トパーズは語り始めた。
「いつからか。私達ワイバーンが征するべきあのバルバの山は暫く前から、あのような醜い姿となった。何度か見る度、奇怪な『輪』と円柱の建物が組み立てられていった」
「征するべき、か。あんた達が鉱山から追い出されたのは事実だったんだな」
「許せない話だが、事実だ。我らワイバーンは追われ、このような霧の闇の中に居る」
やはり、聖伐隊は相当強かったようだ。話を読み解けば、彼らはここに棲んでいるというよりも、不服ながら追いやられたと言った方が正解のようである。
その後も眈々と鉱山を狙ったようでもあるが、奪取に成功していないのは明らかだ。
「何度か偵察に……その間に、亜人や魔物の奴隷は見受けられましたか?」
「初めの方は、奴隷共がきりきりと働かされていた。だが、ある日を境にすっかり姿を見なくなったな……代わりにか、妙な棒きれのような連中が掘削を始めた」
ワイバーンが空から見ても、居るのはやはり、あの棒切れのようなぼろを纏った連中ばかり。おまけにその頃から奴隷がいないなら、相当前から魔物達はいないことになる。
「やっぱり、奴隷はいないのか。あいつら、どこにやったんだ……?」
ハーミスの呟きが聞こえないかのように、トパーズは暗い霧を見上げ、目を細めた。
「『輪』からは細い光が空に向かって漏れ出し、不穏な雰囲気を齎している。かのバルバの山がああも悍ましい姿にされたのは、嘆かわしいことだ」
空から鉱山を眺められるワイバーンですら、あのリングの正体は掴めないらしい。
長の話を聞いたハーミス達は顔を見合わせると、彼らに聞こえないように口元に手を当てて、こそこそと話し始めた。
「あのわっかが、設計図にあった『王』ってのに関りがあると思っていいわよね」
といっても、単なる確認程度だ。何をすべきかは、既に決まっている。
「十中八九、そうだな……なあ、俺達もバルバ鉱山にいる聖伐隊を倒して、あそこにいる魔物達を解放したいと思ってるんだ。手を貸してくれねえか?」
これまで通り、魔物達に手を貸してもらうのだ。
エルフや獣人、様々な魔物や亜人に助けてもらい、これまで聖伐隊による恐ろしい侵略を撥ね退けてきた。今回もまた、そうすべきだと、ハーミス達は確信していた。
トパーズはハーミスの提案を聞き、翼の先の爪でカリカリと地面を擦りながら、何かを考えこんでいる様子だったが、やがて口を開いた。
「……確かに、私達も僻地に追いやられた恨みがある。あそこを棲み処にしようとも思っている。聖伐隊を丸焼きにしてやるのも、悪くない」
やはり。今回もまた、魔物と共に戦う未来は見えた。
「だったら――」
「――だが、今はその時ではない。今やるなら、好きにやると良い」
しかし、見えただけだった。
トパーズはさして興味もない様子で、ゆっくりと背を向けた。ハーミスはというと、ここまで条件が揃っているのに断られ、面食らい、思わず問い返した。
「……その時じゃない? じゃあ、いつがその時なんだ?」
追いやられた者の復讐の機会を、わざわざ待つ道理など、ハーミスにはさっぱりだった。だが、トパーズにはしっかりとした理由があるようだった。
「我らワイバーンの一族が敗北した時、伝承では我らの王となる種族の者が現れ、導いてくれる。私はここで、その日が来るのを待っているのだ。それが我ら一族の宿命、魂に刻み付けられた我らが声を聞き、王は必ず来るのだ」
尤も、その理由など、夢想に過ぎないとしか思えなかったのだが。
彼らの言うところの王だとか、導きだとか、そんなものが実際に存在するとは思えない。ましてやいつ来るかも分からないが、来れば行動を起こすなど、ハーミス達からすれば言い訳にしか聞こえない。
ワイバーン達からすればいたって本気のようで、他の同胞達も同意した様子で頷く。トパーズの話しぶりは賢明なようであったが、ただの夢想者であるとしか思えない。
「悠長な話をしてるわね、来なかったらどうするわけ?」
「時を待つ、それだけだ。お前達はお前達で、好きにしろとも言った」
世に無関心の者であれば、それでいいだろう。
聖伐隊が『輪』まで作り上げ、何か恐ろしい野望を現実にしようとしている今は、そうはいかない。誰もが傍観者ではいられない現実が迫っているのだ。
「伝承だか御伽噺だか知らねえが、そんな与太話を信じてる間に聖伐隊は世界を滅ぼすぞ。レギンリオルの魔物達はもう大方やられちまったんだ、しかも他の国だって聖伐隊の考えに同調してる。王様とやらを待ってる余裕があるのかよ?」
だから、ハーミスはポーチに手を突っ込み、やや無理やりにでも納得させる道を選んだ。クレアとエルが彼を注視する中、トパーズが振り返り、青と黄の目が合った。
「くどいぞ、人間。どうやってこの巣を見つけ出したのかは知らんが、巣から出て行く機会を自ら失うか? 飛竜の怒りを買い、炎に焼かれて死ぬ道を選ぶか?」
しつこい人間の言い分に苛立ったのか、飛竜達がずい、と前に出る。
口元に火を湧き上がらせ、彼らは威嚇行動を取る。ここでハーミス達が抵抗するのは簡単だが、折角協力できる可能性を、ふいにはしたくない。
どうしたものかと四人が固まり、飛竜達を見回していると、とうとう黙っているのに耐えかねたのか、ルビーが前に躍り出た。
「炎なんて効かないよ、ルビーがいるもん! がおーっ!」
彼女が翼を翻し、尾を出して口から火を漏らすと、ワイバーン達は目を丸くした。
信じられないものを見る様子で、驚き以外の感情を湛えて。
「ちょ、だから黙ってなさいって! あんたが絡むとろくなことになんないのよ!」
どう見ても、ありがたいリアクションとは思えない。クレアは慌てて彼女を
「でも、クレア、ワイバーンはルビー達を呼んだんだよ! あの声で呼んだのに、何にもしてくれないなんておかしいよ!」
「声ですか、さっき言っていましたね。でも、私達には聞こえませんでしたよ」
「嘘ついてないもん、ルビー、絶対に聞いたもん!」
「嘘だとは言ってないのよ、あんたが騒ぐと話がややこしくなるって言ってんの!」
「内輪もめしてる場合かっての。トパーズ、俺達はだな……」
三人の間に割って入りながらも説得しようとしたハーミスだが、ふと気づいた。
「……?」
トパーズが、いや、全てのワイバーンが、ルビーに注目している。
というよりは、彼女のドラゴンらしい特徴に目を向けている。翼や火、籠手の付いた腕の長い爪、赤い尻尾と肌の所々に見える鱗。その全てが珍しいを通り越し、神聖視しているかのような視線を注いでいる。
クレアやエルも異変に気付き、喧嘩を止めると、トパーズがゆっくりと口を開いた。
「……我らの声を、誰が聞いたのか……どうやってこの巣に来たのかと、思っていた」
まるで、長き時を経て待ち続けた者の到来を喜ぶような、震える声。
「伝承にはこうある――ワイバーンが地に墜ちた時、赤き翼を持つドラゴンこそが、仮初の巣から我らを解き放つと。彼女の言葉を受けることこそがワイバーンの使命であり、一族を正しき道へと示すと。飛竜は王の竜に従うがさだめ、血に刻まれた宿命――」
ワイバーンの長は語る。ドラゴンへの絶対的な忠誠を。
それは血に流れる習性か、それとも信奉か。
「――お待ちしておりました、王よ、ドラゴンよ。我らの声を聞いてくれたのですね」
彼らよりずっと目を丸くするルビーの前で、トパーズは首を垂れ、傅いた。
「千年にわたる盟約に従い、我らは須らく、貴女のしもべです」
他のワイバーン達も同様に、口をポカンと開けたままの一行で首を下げた。
深い霧の奥、微かに差し込んだ陽が、ルビーを照らした。
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