第148話 伝承
ハーミス達には、話が殆ど理解できなかった。
ただ、トパーズ達がルビーのドラゴン的な特徴を見た途端に、態度を変えたことだけは事実だ。最初に彼らに理由を聞いたのは、クレアだった。
「どういうこと……ルビーが、ドラゴンが、王って?」
再び首を上げ、人間を見るトパーズの目に、恭しさはなかった。やはり、彼らが敬っているのはドラゴンだけであり、人間に対しての態度は変わらないらしい。
「我らワイバーンにとって、ドラゴンとは上位の存在だ。かつて人類ではなく魔物だけが存在した世界で、ドラゴンの王国のしもべであった……その意志は、千年が経とうとも、血に刻み付けられているのだ」
血の盟約。それだけ大仰な言葉が使われているということは、双方の関係も根深いのだろう。ルビーの代になり、忘れ去られていたとしても、ワイバーンの方――つまりは従僕者の方は忘れていないのだ。
「もしや、ルビーが聞いたという声は、貴方達が?」
まさかと思い、エルが問うと、飛竜の長は頷いた。
「ワイバーンの鳴き声は、一部の種族にしか聞こえない。同族か、ドラゴンか……お前達は偶然迷い込んだだけだと思ったが、まさかドラゴンがまだ生きていたとは……」
「確かに、ドラゴンといえば、相当希少な種族ですからね」
「とにかく、私達はドラゴンに付き従うことこそが誉れ。何なりとご命令を」
もう一度傅いたワイバーンの群れを前に、ルビーは少しだけ戸惑った。
しかし、クレアの心配そうな顔を一瞥すると、たちまち凛とした表情を見せた。そうして、少し無理をした調子の声で、ワイバーンに言った。
「……ハーミスがやっつけようって言ってる聖伐隊は、ルビーのママを殺したの。ドラゴンの首を刎ねて……ルビーの大事な人も殺した。だからルビーは、ハーミスと一緒で、聖伐隊を、レギンリオルの人間を許せないの」
瞑った彼女の、瞼の裏に浮かぶのは、ジュエイル村の惨劇。
助けてくれたハーミスの、仲間達の姿。ならば、今度は自分こそが。
見せなければならない。自分こそが、飛竜達を救う切欠になるのだと。
「だから、手伝って。聖伐隊をやっつけるのを、ルビーの戦いを!」
霧を裂くように放ったルビーの命は、ワイバーン達が確かに聞いた。彼らはゆっくりと顔を見せると、細い目を一層細め、かつての主に従った。
「――我らが王、ドラゴンの命ならば従いましょう」
つまり、共に戦ってくれると。説得に成功したのだ。
クレアとエル、ハーミスも無事に物事が進んで、ほっと一安心したようだ。
「おお、やったわね!」「やりますね、ルビー」
特にハーミスは、一段と安心したようだった。表情には出ていないが、ルビー一人に交渉事を任せるのは一番不安に思っていたようだ。普段からそういったトラブルに対処させた経験もなかったので、肩を叩いて安堵したのも頷ける。
「助かったよ、ありがとうな、ルビー。おかげでバルバ鉱山の敵もさっくり倒せそうだ」
三人とも、ルビーの功績を褒め称えた。
だが、それがまずかった。
「……もっとできるよ、ルビー、今なら何でもできるよ!」
「「えっ?」」
ルビーの目は先刻よりもずっと輝いていて、全能感に満ち溢れていた。
しまった、褒めすぎたと一行が思うよりも先に、ルビーは大きな声で言い放った。
「ワイバーンの皆には空で敵の気を引いてほしいな! ルビーと仲間達でその間に鉱山に忍び込んで、敵をやっつけちゃうから! 作戦は――そう、明日に!」
作戦のさの字もない、作戦を。クレア達が考えた作戦の、使い回しを。
敵の戦力も知らないうちから、しかも明日から。いくらルビーが扇動したワイバーンの戦力があると言っても、突拍子がないにも程がある。
「明日ですか!? 待ってください、ルビー!」
「あんたねぇ、褒めてやったからって調子に乗ってんじゃないわよ! 敵の戦力も分かんないうちから突撃するなんて、どう考えても危険じゃないの!」
クレア達が必死に制そうとするが、翼を振るうルビーは、鼻息を鳴らして断言する。
「大丈夫だよ、二人とも! ワイバーンとルビーがいれば、絶対に!」
「うむ、ドラゴンが言うのであれば、私達は付き従おう」
トパーズもまた、半ば妄信的にドラゴンの話を信じ込んでいる。長がこの調子であれば、他のワイバーンを説得するなど――人語も解さないのだから、興奮して唸る彼らを説き伏せるのは不可能だ。
何でもやってやるぞ、と気合を入れるルビーを、三人は呆れた調子で見つめる他ない。
「……どうしちゃったのよ、この子……」
「すっかり舞い上がっているようですね、普段ならそんなことはないのですが」
「理屈は分からねえが、こりゃ止まりそうにねえぜ」
「下手に反抗して反感を買いたくもねえし、流れに乗ったと思うしかなさそうだ」
こうして、強引な勧誘の末、作戦は決行される運びとなった。
「…………」
トパーズの目は、安堵感と微かな不安で、興奮するルビーを見つめていた。
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