第145話 鉱山


 翌日、すっかり晴れた太陽の下、一行はバルバ鉱山の麓にやって来ていた。

 バイクの騒音でばれないように少し離れたところに置いて、採掘場の上から、坑道の入り口を覗き込むように彼らは顔を出した。勿論、それだけでは敵に見られてしまうので、頭から光学迷彩マントを被っている。

 ごそごそと動きつつ、採掘場を見下ろしながら、クレアが口を開いた。


「――あれがバルバ鉱山……坑道の入り口ね」


 遠くから見た時もそうだったが、近くで見ると一層おかしな建造物である。宝石が埋もれた山の半分が円形の建物に侵食されているようで、その上には妙な音を立てて回り続ける『輪』の存在。まるで、別世界から呼び出された巨大な基地のようだ。


「鉱山では亜人や魔物を奴隷として働かせていると、オークは言っていましたが……」


 オーク達の話では、自分達の種族を含めて魔物達が奴隷として働かされているらしい。

 だが、そのような生き物はいない。何か奇妙な宝石を掘り返し、籠に入れて運んでいくのは、ぼろ切れを纏っただけの細長い何かだ。


「それっぽいのはいないね。でも、代わりに働いてるのはいるね。あれ、何だろ?」


 かくかくと、関節を痛めているような奇怪な動き。人間だとも、魔物だとも思えない。


「人間、でもなさそうだな。かといって魔物ってわけでもなさそうだし、どっちかっていうと無機質な……生物じゃないって感じだ」


「生物じゃないって、どういうこと?」


「さあな。けど、あんな訳の分からねえ奴がいるんじゃ、数が少ないっつっても突撃するのも危険そうだし、様子を見た方が良さそうだ」


 ハーミスの意見に、クレアとエルは頷いて同意したが、ルビーだけは不満そうだ。


「そうなの? 透明になってるし、あんなひょろいの、ルビーがやっつけちゃうよ!」


「透明になっても、こんなにひと塊になってちゃ自由に動けないでしょうが」


「仮に外の敵を倒せても、中から増援が来るリスクがあります。奴隷になった魔物を危険に晒す可能性もありますし、やるにしても、もっと大規模な奇襲をかけるべきでしょう」


 二人に諭されて、ルビーはやや不満を残しながらも納得したようだ。子供を宥めるように彼女の頭を撫でながら、クレアがハーミスに耳打ちした。


「じゃあ、ここを一旦離れて、予定通りモルモリ湖に向かった方が良さそうね」


「だな。あいつらに見つかる前に、さっさと離れるとするか」


 透明のまま、そそくさとその場を離れていく一行。

 彼らは誰にも見られずに偵察を達成したと、そう思い込んでいた。


『――カルロ様、敵ヲ発見シマシタ。敵ハ『ハーミス・タナー』デス』


 働いていた細い何かの頭――ぼろ切れの奥の赤い一つ目が、しかし、見つめていた。

 その報告が、彼らがバルバ鉱山に来たのだと、支配者に告げた。


 ◇◇◇◇◇◇


 モルモリ湖は、バルバ鉱山から更に北に進んだ先にある、澄んだ広い湖だ。

 人間どころか魔物も棲んでいない様子で、辺りを囲む林と静かな水の音、うっすらとかかる霧だけが残る、濁った感情を洗い流してくれるようなところだ。

 バイクを停めた四人は、大きく深呼吸をして、美しい景色を目に留めていた。


「……綺麗な湖ね」


「ですね。心が洗われます」


「……で、肝心の巣はどこにあるわけ?」


「どう見てもあるわけないだろ、一面湖と林だ」


 僅かな間の後。


「――だーっ! そんなのあたしだって分かってるわよ、ワイバーンの巣なんてこんなところにあるわけないじゃないのよーっ!」


 クレアの叫び声が、湖中に響いた。

 モルモリ湖に到着してすぐに見つかるとまでは思っていなかったが、とてもワイバーンの巣があるとは思えないほど、湖は開けた場所だったのだ。こんな静かな湖畔に巣をつくるとすれば、よほど強くて手が出せない魔物か、馬鹿かのどちらかだろう。


「確かにそうですね……巣があると聞いていた分、もっと鬱蒼としていると予想していたのですが、そもそもこれだけ開けていると聖伐隊に直ぐに見つけられるでしょう」


「オーク達も知らないくらいだから、ちょっとは探す必要があるってこった。とりあえず辺りを探索してみようぜ」


 ハーミスとエルは最初からそのつもりだったが、クレアとしては想定外の労働であり、ややげんなりした様子でため息をついた。そのため息ですら清々しくなるのだから、モルモリ湖の美しさはなかなかのものである。


「結局そうなるのね……」


 探索すると言っても、湖は広いし、その周囲となると更に広い。

 だが、これだけの為に時間をかけ続けるのも良くない。それらしいところを探してみようかと、ハーミスやクレア、エルが動き出そうとした時だった。


「…………あれ? 何だろ、これ?」


 空を飛んでワイバーンを探そうとしたルビーの耳に、何かが聞こえた。

 例えるなら、囁きのような声、誰にも見えない光。それは鳴き声のように聞こえてくるのに、誰も気づいている様子がない。

 ぼんやりと音が聞こえる方向を目で追いかけるルビーに、クレアが声をかけた。


「どうしたの、ルビー?」


「クレア、聞こえない? 誰かが呼んでるよ!」


 ルビーは小さく、遠くなってゆく音の方角を指差し、赤い尾を振ってクレアに聞いてみたが、彼女はちっとも聞こえていない様子で、ポカンと首を傾げるばかりだ。


「はぁ? 何言ってんのよ、何にも聞こえないわよ?」


 ドラゴンの異変に気付いたのか、ハーミスとエルも振り返る。

 一方でルビーは、クレアに質問をしておきながら、関心は音の方に向いていた。どこに行くのか、どこに導こうとしているのか。存在も理由も一切不明ではあるが、ルビーにとって、鳴き声は手掛かりに見えてならなかった。

 彼女の性格上、そんなものを放っておく理由も、意味もない。


「どこかに行くんだ……ルビー達を案内してくれるのかも、追いかけなきゃ!」


 考えるよりずっと先に、ルビーは走り出した。

 彼女にだけしか聞こえない声は、ルビーに捕えられてなるものかと言わんばかりに、尻尾のように煌めきを残しながら飛んで行く。湖畔を超え、林の中へ入ってゆく。

 そんなルビーを放っておくなど、とてもではないが出来るわけがない。


「あ、ちょ、待ちなさいよ、どこ行くのよーっ!?」


 残された三人は顔を見合わせ、クレアを追いかけて行った。

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