第139話 俎上


 太腿から下は、ちっとも再生しなくなった。肉も生えず、かといって血も流れない。まるで、再生がそこで完了してしまったかのように。


「あ、あれ? 何で再生しないじゃん!? 『捕食』プレイのスキルも使えないじゃん!?」


 じたばたと暴れるだけのシャロンは、烏賊にも、鮫にも、セイレーンにもならない。何にもならないのではなく、なれないのだろうか。ハーミスとクラリッサの前で、両足のない『選ばれし者』はじたばたと暴れるだけだ。


「こいつのせいじゃん、こ、この!?」


 慌てた様子のシャロンが錠を外そうとするが、全く外れない。いかに錠が硬いと言っても、これまでの彼女の力なら簡単に外せる程度である。

 生えない足と、一向に変化もしない体。

 ハーミスの予測は、当たっていた。再生が完了しなければ、シャロンはスキルも使えないし、ただの人間と変わりなくなる。自分のスキルの、自分も知らなかった弱点を目の当たりにして、シャロンの青い顔が一層青くなってゆく。

 今の自分の状態を、悟ってしまったのだ。

 ハーミスが焦って立ち上がる必要すらない現状に。ゆっくりと立ち上がっても、間に合わないはずがないほど、勝敗が決してしまっていることに。

 頭を掻きながら、彼は静かに告げた。


「……俺の勘が勝ったってとこだな、シャロン」


 誰のものか分からない血に塗れた彼は、欠片も笑っていなかった。


「そ、そんなはずないじゃん! 見てるじゃん、直ぐにスキルを……!」


 シャロンは船上の魚のようにじたばたと暴れるが、まるで意味がない。変化もしないし、錠は当然外れず、ただ喚くだけだ。


「こ、この、どうして、どうして!? おかしいじゃん、こんなの!」


 自分の力が一切通用せず、足掻くだけのシャロンの下に、エルとルビーがやって来る。どちらも相当な怪我を負っているが、何とか立ち上がり、動く力は残っているらしい。

 裸の上からマントを被るルビーの隣で、ポニーテールの解けたエルが言った。


「……私の予想ですが、スキルを、スキルに近い力を幾つも体に取り込んだ結果ではないでしょうか。薬で言うところの、副作用に近いものです」


「勝負あったな、シャロン。クラリッサは返してもらうぜ」


 最早勝つ術は微塵もないはずのシャロンだが、小さく笑う。


「……く、くく……!」


 そうして、内に秘めた呪詛を吐き散らかすように、口をこれでもかと開いて叫んだ。


「――うちは不死身じゃん! これから何十年かかってもうちは誰にも殺せないじゃん! この錠が外れた時、絶対にお前を噛み殺してやるじゃん、ハーミしゅぶう!?」


 その瞬間、ルビーが素足で、仰向けのシャロンの頭を踏み潰した。柘榴のように簡単に、シャロンの頭は完全に破壊されてしまった。


「ルビー、迂闊に手は出すな」


「ごめんね、ハーミス。けど、頭は再生してるみたいだよ」


 と、いうわけでもないようだ。

 足は錠より先が再生しないのに、頭は先程と同じように、隙を与えないほどの速さで再生してのけたのだ。恐らく自分の意志とは関係なしに再生する。これでは体を切り離し、再度再生することすら能わないだろう。


「……予想外だな。使えないのは『捕食』だけってことか。こりゃあ、錠を取る為に足を斬り落とそうとしても、やった傍から再生するだろうな」


 ならば、殺せない。復讐を果たすのは難しい。


「だったら、おあつらえ向きの末路ってもんがある。皆、船を下りる準備をしとけ。バイクを近くに寄せておくから、順に乗ってくれ」


 と、いうわけでもないようだ。

 ハーミスの指示に従い、エルはクラリッサを抱え、船に沿ってやって来たバイクにオーラをくっつけて飛び乗る。それを見ながら、ハーミスは近くにあった碇と鎖を引きずり、シャロンの頭を掴んで、折れたマストに縛り付けた。これで、彼女は逃げられない。


「な、なにするつもりじゃん? 縛り付けて、こんなところに?」


「お前が今まで散々喰ってきた、餌ってやつの気分を味わわせてやろうかと思ってな。一思いに丸呑みしてもらえるとは思えねえが、ま、死なないなりに苦しんどけ」


 燃える船と一緒に沈めてやる。ついでに、彼には彼なりの考えがあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る