第134話 船上
海を分かつようにバイクが走り続ける中、空はもう暗くなっていた。
ハーミスとルビー、後ろをついてくるセイレーン達の集団は、着実に進んでいた。
スピードを少しだけ緩めたので、クレア達の体調は回復したようだ。少なくとも、ハーミスがバイクに追加した機能について、サイドカーから身を乗り出して聞くくらいには。
「――それで、その探知器ってやつが、敵の居場所を教えてくれるわけ?」
「ああ、こいつは海上を動くものの動きを探知して、追ってくれる。小さい相手だと波に紛れて見つけづらいが、あれだけでかけりゃ、こんな風に、逃しやしない」
ハーミスが指差した画面には、赤く点滅する点――恐らく敵の船に接近する緑の点がある。地図がなくとも、遠くが見えずとも敵が追えるのは、何とも便利な機能だ。
「距離までは測れないようですが、もしかすると相当遠くに行った可能性も……」
「有り得るが、俺達はかなり早めに出発したんだ。この調子なら、もうじき――」
もうじき、敵も見えてくるはず。
「――いた!」
そう話すよりも先に、並走するルビーの声が聞こえた。彼女がぎゅっと赤い目で見据えた先を、ハーミス達が目を凝らしてみると、ぼんやりとした明るい闇の先に、うっすらと白く巨大な影が見える。同時に画面の赤いアイコンが、大袈裟なくらい点滅した。
ぼんやりした影は、明確な形を持ってゆく。白い雲から、巨大な帆船に。間違いなく、『霧の島』を襲撃した巨大船、アルゴーだ。
「見えたよ、ハーミス! あのでっかい船!」
「俺も見えた、嫌でも目に入る! このまま一気に近づくぞ……何だ?」
加速しようとしたハーミスだが、不意に何か、黒いものが複数飛んでくるのが見えた。
まずい、と思ってハンドルを切り、着弾点から逃れたが、それは正解だった。船から飛んできた黒い物体は、水面に着弾すると、赤い魔力による爆発を起こしたからだ。
闇を照らした赤い炎のような爆撃を見て、ハーミスは叫んだ。
「――やばい、あっちにも俺達が見えてる! 全員、なるべくバラバラに近寄れ!」
彼の命令を聞いた一行は、たちまち散り散りになった。ひっきりなしに続く敵の攻撃で海が燃え往く中、砲撃をかいくぐるようにバイクを走らせ、ハーミスはクレアに言った。
「クレア、船の横に付ける! 『多重連結魔導爆弾』を投げてくれ!」
クレアはゴーグルを目に装着し、サイドカーの中から連なった円形爆弾を取り出す。
「分かった……えぇーいッ!」
そしてそれを、縄投げの要領で思い切り投げつけた。爆弾は弧を描いて、直ぐ隣の白い船の装甲にぺたりとくっつく。僅かな間の後、紫色の光と共に、爆弾は凄まじい音と光、破壊を齎した。
これこそが、『多重連結魔導爆弾』。投げつけた爆弾が接着され、たちまち爆発を起こす攻城兵器である。想像をずっと超えた破壊力に、思わずクレアは息を呑んだ。
「この程度の攻撃!」「グル、ギアァッ!」
そこに加えて、エルが敵の砲撃を桃色のオーラで捕え、投げ返す。ルビーは大きく開いた口から炎を吐き出し、どちらも船に直撃したが、もくもくと立ち上る煙が晴れた時、白い装甲は破壊されておらず、僅かな黒い汚れがついただけだった。
「嘘でしょ、エルの魔法とルビーの炎まで合さって、爆発まで起きたのに、殆どダメージがないじゃない! どうなってんのよ!?」
「魔法か何かで防御壁を張っているのでしょう。ますます意味不明な船ですね」
「まるで
できればここで船を破壊したかったが、欲張りは言っていられない。船の周りをぐるぐると飛んでいたセイレーンが、ハーミスの声を聞いて、彼らの下に舞い降りた。
「分かったわ、アハハ!」
そのままハーミス達を鉤爪で優しく持ち上げると、船に沿うように飛び、彼らをデッキに向かって投げ飛ばした。つまり、乗船の手助けをしたのだ。
バイクは自動運転によって、主人を待つ犬のように、船から少し離れたところを走り続ける。ここまでされれば、聖伐隊が何も気づかないわけがない。男女問わず沢山の隊員が、船内からデッキにわらわらと集まってきた。
「あれは逆賊! 一体どうやってここまで来たんだ!?」
「それにセイレーンも! ええい、構うな、纏めて討伐しろ!」
ぞろぞろと集まる有象無象に構っていられるかと、ガンスリンガー・ハーミスはポーチから巨大な武器を取り出す。円形弾倉を搭載した、『六連装高圧縮魔導擲弾発射器』、つまりグレネードランチャーだ。
「邪魔だてめぇら、どきやがれえぇッ!」
右腕で抱えたハーミスが引き金を引くと、発射された擲弾は舟板諸共、複数の敵を爆発で焼き払った。紫色の炎で、聖伐隊の体が吹き飛び、燃やし尽くされてゆく。
「ぐぼうぁ!?」「ばびゅ!」
乗り込んだエルはオーラで敵の動きを封じ、クレアは今や愛用品となったアサルトライフル、魔導突撃銃を乱射し、敵を蜂の巣にしてゆく。
空からはルビーが船を舐めるように炎を吐き続け、セイレーン達は自分達もとアピールするようにデッキに近寄ると、近くの隊員を鉤爪で裂きながら、喉を震わせた。
「私達を舐めるんじゃないわよ、アアア――……」
男を惑わせる魔の歌声。敵だけでなく、ハーミスも力を失いそうになる。
「う……こういう時の、これだ……!」
だが、彼には対策手段がある。
首にかけていたヘッドホン、『特定音波遮断装置』を耳に装着して、右耳側のつまみを二、三度回転させる。そして左側のボタンを押すと、耳にこびりついて離れなかったセイレーンの歌が、最初からなかったかのように、さっと消え去った。
「……よし、遮音完了! 助かったぜ、セイレーン……でえりゃあ!」
こうなれば、動きを制限され、仲間の補助に労力を割く聖伐隊よりも、全員が動けるハーミス達に分がある。グレネードランチャーの狙いを定め、彼は引き金を引く。
「セイレーンの歌で、動けな……ぎゃああ!」「しっかりしなさ、ぶびゅえ!?」
男は勿論、女の隊員も爆散する。セイレーンに掴まれ、海に投げ出される敵を見てから、ハーミスは飛沫で濡れた髪を掻き上げ、命令を下した。
「皆、クラリッサを探してくれ、この船のどこかにいるはずだ! ルビーは外から船を攻撃し続けるんだ、攻撃が当たらないように気を付けてな!」
「はーいっ!」
人の姿を保ったまま空を飛び続けるルビーの隣で、エルはクラリッサの名を呼びつつ、オーラで梯子を掴み、デッキに突き刺す。外壁の防御力とは裏腹に、こちらはあっさりと破壊されるようだ。
「内側からの攻撃には船も弱いですね、これなら破壊もできそうです!」
襲撃は成功し、大方の雑魚は始末できた。船も、内側からなら破壊が見込める。
そんな攻撃に聖伐隊の雑魚が耐えられえるはずがなく、もう殆どが死に絶えていた。
後はクラリッサを見つけ、ここを離れるだけでいい。いいのだが、彼女は誰の呼びかけにも応じず、船上を見回しても見つからない。
「クラリッサ、どこだーっ!? クラリッサ……」
ハーミスが擲弾を船に撃ち込みながら叫んだその時、ふと、デッキの奥の四角い建築物の扉が開いた。聖伐隊の誰も出てこなかったから、空室だと思っていたところだ。
そこから、何かが乱暴に投げつけられた。ごろり、と力なく倒れ込んだそれは。
「――クラリッサ!」
クラリッサだった。
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