第132話 遮断
洞窟から続く岩場の、波がかかるところを避けながら、クレアとエルは歩いてゆく。
「成程。セイレーン達から大方話は聞きましたが、そんな事情があったのですね」
「あたしもハーミスから掻い摘んでしか聞いてないけどね。大雑把に言えば、さっき言った通り、人魚の肉を聖伐隊が狙ってたってわけよ。喰えば不老不死になる肉が、よりによってこの世で一番ヤバい連中に渡ったってこと」
ルビー以外はこれで、どうしてハーミスがあれほど焦っているかを共有できた。確かに、不老不死の力を連中が手に入れれば、それ即ち世界の危機に等しくなる。
「隊員はともかく、『選ばれし者達』が食べれば危険窮まりませんね。早々に……」
急かすわけではないが、どうにかして早急に敵から人魚を取り返さなければと考えるエルとクレアが岩場を下りると、ハーミスとルビーがバイクの周りで、作業をしていた。
二人は背中を向けているが、バイクの周りには様々なアイテム、武器らしきもの、その他諸々の購入品が並べられている。そしてその奥には、走り去っていくキャリアーの姿。どう見ても、散財をした直後だ。
少し目を離すと、ハーミスはこう無駄遣いをする。茶色のショートヘアを逆立てるクレアの威圧に早く気付いたのは、彼女を見るや身を縮こまらせたルビーだった。
「……怪我の調子は?」
ルビーを無視し、声を変えたクレアに対し、ハーミスは振り向かずに答えた。ガチャガチャと、バイクに細長い筒を付けようと、専用の器具を回し、固定している。
「大分落ち着いたよ、血も止まったし「で、いくら使ったの?」」
腰に手を当て、ため息と一緒に声を発したクレアの前で、ルビーがフォローに入る。
「く、クレア! 怒っちゃダメだよ、これはね……」
だが、ハーミスはさして悪びれる様子もなく、静かに答えた。
「十三万と五百ウル。残金千五百ウルだけど、これでも足りないくらいだ」
「持ち金の七割をあたしが管理しといて正解だったわね。無駄遣いのお仕置きで拳骨かまされる前に、何をどう使うのかを説明しときなさい」
そこまで言われて、彼は腹の傷を擦りながら、ようやく立ち上がった。そして、バイクの周囲を覆う追加外装を指差しながら、それぞれの用途を説明し始めた。
「バイクにくっつけたのは『水陸両用オプションセット』と『後部搭載大型加速装置』。これで一気に加速して、渦潮を抜けて白い船を追いかける。海上の大きな質量を追いかける追跡装置も追加で搭載したから、奴らを追うのは簡単だ」
ハーミスの話が正しければ、二回りほど大型化したこのバイクは、エルの魔法がなくても海を渡れるようだ。周りを黄色の筒やつるつるした素材で補強されていて、確かにバイクというよりは、舟に見えなくもない。
「そっちに置いてるのは『多重連結魔導爆弾』、ぶん投げれば壁に張り付いて爆発する。そっちの銃っぽいのは『六連装高圧縮魔導擲弾発射器』、説明書にはグレネードランチャーって書いてあった。小さい爆弾を撃ち込むようなもんだと思っといてくれ」
次にハーミスが指差したのは、クレア達の前に置かれている、連なった円盤のような顔ほどの大きさがある円形の板と、魔導散弾銃より一回り大きな銃らしい武器。掌大の黒い円柱状のものがリボルバーに装填されているが、これを発射するのか。
しかも円盤状のアイテムは、爆弾とも言っている。これでは船上で敵と戦うというよりは、船そのものを沈めるようなものだ。
「……城に攻め込むような武器ですね」
「そう思っといた方がいいぜ。お前らも見たろ、ありゃあ船ってよりは城だ」
一番奥にあった巨大な鋸のような兵器の説明を飛ばして、彼はそれをポーチの中に押し込みながら、作戦の概要を説明する。
「俺とクレアがこれを使って船を壊しつつ、エルとルビーは俺達の補助。敵が混乱して、船が沈む前にクラリッサを助け出して逃げる作戦で行こうと思う。クレア、お前に貸してた『魔導拘束円盤錠』も返してくれるか? シャロンの足止めに使おうと思う」
「分かったわ。二つ使っちゃったから、残りの二つは返すわね」
クレアが背負ったままリュックをまさぐり、円盤を二つ、ハーミスに返す。
シャロンとの激突が避けられない以上、戦うのは自分になる。勝つつもりではいるが、クラリッサの逃亡を最優先とする時には、足止めも必要なのだ。
エルもルビーも、作戦を否定はしなかった。ただ、気になる点もあるようだ。
「作戦は構いませんが、その首に引っ掛けている物は何ですか?」
ハーミスの首に装着された、バンドで繋がれた二つの丸いアイテムをエルは指差す。
「『特定音波遮断装置』、ヘッドホンっつって、耳を覆うアイテムだ。敵のシャロンは喰った生物の力を得る能力を持ってた……セイレーンを喰って、飛行能力と歌の力を手に入れてた。聞いてしまったら俺は自由に動けないから、これで妨害するんだよ」
両耳をそれですっぽりと覆った彼は、確かに音を阻害しそうな見た目である。
「一度歌を耳にする必要があるが、このボタンを押せば装置の方で自動的にその音だけをシャットダウンしてくれる。これがねえと戦えねえよ……よし、接続完了だ」
ヘッドホンを外したハーミスの後ろで、バイクが小さな音を立てた。周りに接続した追加兵装から何かが唸るような音が聞こえてくるが、きっとこれが、ハーミスの言うところの接続完了――いつでも出られる、という証拠なのだろう。
「これで、島の外に出られるの?」
「難しいなら、エルに浮かせてもらうか、ルビーに手伝ってもらうつもりだ――」
早めに渦潮を飛び越え、アルゴーを追うつもりのハーミスだが、急に顔を顰めた。
険しい顔を見せた彼の、その理由を聞こうとするよりも先に、クレア達も振り返って理由に気付いた。洞窟から、セイレーン達が飛んできたのだ。
ばさばさと大袈裟に翼を振り、青い髪を風ではためかせ、地に足を付けたセイレーン達。何の事情があるにしても、ハーミス達の視線はどこまでも冷たい。
「……何の用だよ」
一応は、と聞いてやったハーミスに、セイレーン達はどうにも言い辛そうに話した。
「……私達も行くわ、アハ」
「渦潮の外まで運んで、船を襲うのを手伝ってあげる、キャハ」
渦潮の外に出してやる。襲撃を手伝ってやる。
有難い提案だというのに、ハーミス達の顔は疑いに満ちたままだった。
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