第131話 責任


 セイレーン達が一匹残らず、青い瞳に睨まれ、蛙のように竦んだ。

 覇気の如き威圧感が、ハーミスから放たれていた。こういったスキルの持ち主であると説明されても信じてしまえるほど、仲間達ですら困惑するほど、彼は怒っていた。


「使命を果たしてるって誤魔化して、生きてるか死んでるかも分からねえくらい怠惰な生き方にクラリッサを巻き込んで、いざ戦わなきゃいけねえ時に守りもせず、差し出した? 冗談でも笑えねえぞ」


 人間に言い負かされてなるものかと、セイレーンのうち一匹が反論する。


「に、人間には関係ないでしょ、アハハ!」


「あいつの肉を喰えば不老不死になると知ってたんだろ、お前ら? じゃあ理解できるよな、誰も関係ない物事じゃねえんだよ、特に悪党の手に渡るならな」


「う……」「そ、それは……」


 だが、あっという間に論破され、押し黙ってしまった。くだらない言い訳でどうこうできると思われた――その程度にしか認識していないのだと思われ、彼の怒りは一層強くなってゆく。気迫が可視化したのかと、錯覚してしまうほどに。


「あいつはな、いつここに聖伐隊が来るかって怯えてたぞ。いっそ死んだ方が必ず世の為になるって言ってたぞ。そんな奴が、誰にも守られずに差し出されたんだ! どれだけ怖かったか、想像の一つもつくのかよ、てめぇらは! あァ!?」


 怒声で水面が、洞窟の壁が震えた。

 ハーミスの脳裏に浮かんだのは、クラリッサの辛そうな顔だった。自死を選ぶ者が喜びに満ちているはずはないし、彼女はきっと、自由に生きられればどれほど幸せかと思っていただろう。そんな未来を、思い描いていただろう。

 待っていたのは、窮屈な現実。言い訳の道具にされ、逃げられず、自死を望んでもきっと阻まれる。その末に、最も渡ってはならない相手に自分の肉が渡る。望まない結末の中でも、最悪の結果を引いてしまったのだ。

 自分が怪我人であると忘れるほどに吼えるハーミスだが、遂に言葉を途絶えさせた。


「何の為にここにいて、クラリッサの傍にいて……痛で……!」


 自らの意図ではなく、開いた傷口と、赤く染まった包帯によって。


「ハーミス、あんた傷口が!」


 駆け寄ったクレアに、大丈夫だとジェスチャーするように手を翳しながら、ハーミスはどうにか口を動かして、セイレーン達にしっかりと言い放った。


「……俺は、聖伐隊からクラリッサを取り戻す。ただし、お前らの為じゃねえ。絶対にこの島には戻さねえ……絶対にだ」


 自由を阻害する邪悪への、完全な決別を。

 言いたいことを全て言い終えたハーミスは、ぐらりと体を揺らした。彼が倒れるよりも先に、ルビーが彼を抱きかかえた。


「ハーミス、無理しないで。ルビーに掴まって」


「ありがとな、ルビー……バイクのところまで、連れてってくれ」


 よろよろと、力なくハーミスはルビーに連れられて、洞窟の外に出てゆく。

 ようやく長ったらしい説教が終わったと言いたげな表情で一息ついたセイレーンだったが、まだ話は終わっていない。彼女達の横暴ぶりに、エルもクレアも怒りを露にした。


「……なんとまあ、呆れてものも言えませんね。好き勝手に生きるのは結構ですが、それに世界の命運を分けるような要素を巻き込むとは。救いようがありません」


 ハーミスのように感情に任せてはいないが、エルは的確かつ冷徹に、彼女達がいかに怠惰で、責任感のない行いをしたかを指摘する。

 怒鳴り散らされなければ反省が喉元を過ぎるのか、彼女達はまたも反論する。


「じゃ、じゃあどうすればいいわけ、アハハ!」


「戦ったって死ぬし、守れるわけないのに、キャハ!」


「逃がせばいいだけよ。頭悪いの、あんた達?」


 しかし、ここでも一言で黙らせられた。どこまでも冷たい目をした、クレアによって。


「そうしなかったのは、大義名分がなくなるからでしょ。自分達は人魚を守る偉大なセイレーン一族、だから何をやってもいいんだって、自分を誤魔化す道具がいなくなるからでしょ? 意識してるのかどうか知らないけど、ずっと人魚とやらを利用してたのよ」


 何一つ、間違いはなかった。

 セイレーン達の中で、クラリッサを愛している者は誰一人としていなかった。

 青い髪の自分達と違う、翼のない自分達と違う。何よりも自由ではいられない――誰のせいかも忘れて、どこか見下してもいたのだろう。

 そんな連中のところに、人魚を連れ戻してやる必要があるだろうか。クレアが大袈裟にため息をついて洞窟を出て行く後について、エルも彼女達に背を向けた。


「私達もこれから、人魚を助けに行きます。ですが改めて言っておきます、絶対にこの島には戻しませんし、貴女達にも渡しません。もし、異論があるなら――」


 だが、警告だけはしておいた。


「力ずくで、どうぞ。やるとなれば、容赦しませんが」


 桃色のポニーテールを揺らし、振り向いた彼女の六芒星の瞳を見て、セイレーン達は一層体を震わせた。目を合わせただけでも、彼女が自分達を皆殺しにできると察したのだ。

 そうして、魔女が今度こそ洞窟を出て行くと、暗い世界は静けさを取り戻した。

 いつもの甲高い笑い声は、一つも聞こえてこなかった。

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