第104話 激戦①
ルビーが戻ってくると、太陽に平原が照らされ、無音が支配した。
聖伐隊は燃える足元と燃え尽きた仲間を踏み、リオノーレの前に整然と並ぶ。死した者を亡骸としかせず、足蹴にして尚も前進するのが、聖伐隊の強さ。
戸惑わず、ただで敵を滅殺することだけを望む兵士達に背を向け、彼女は叫ぶ。
「――お前達、これから聖伐隊の正義を為す!」
応、と兵士が強く叫び返す。
「あらゆる魔物を、亜人を滅ぼし、世界を元の姿に戻す! 聖女ローラ様の示した正しき世界の為に戦うのだ! 聖戦による死は恥ではない、誇りだと思え!」
リオノーレが鞘から抜き、天に掲げた剣が金色に煌めく。輝きは平原に一筋の光を差し、自らの正しさと、『選ばれし者』の力強さを体現する。後に続き、兵士達も剣を抜き、円形の盾を片手に構える。
彼らは士気を高めている。リオノーレの後に続き、最後の一人まで戦えば必ず勝てる。これまで勝ち続けてきたのだから、今回もそうなって然るべきなのだ。
そうはさせるものか、とリヴィオとニコが、獣の叫びを轟かせる。
「お前ら! わしらの後ろにいるのは家族、子供、街、大事なもの全てじゃ!」
獣人は怒声にも似た声で応える。
「愛した者、かけがえのない宝を今、奴らは奪おうとしている! 理不尽な怒りと暴力で誰しもを従えさせられると思っている! そんな暴君が正しいか、否だ!」
「だから思い知らせてやるんじゃ、わしらの力を!」
「僕達の力を!」
誰が、ではない。何の為に、でもない。二人の頭の言葉が、重なる。
「「――獣人街の力を!」」
獣人街の為に、ここにいる全員が力を合わせる。
リヴィオがカタナを抜いた。ニコも、槍を構えた。首領達が戦う姿勢を見せると、ギャング達も、男衆も武器を構える。細長い、長方形の剣だ。エルは両手に桃色のオーラを携える。ルビーは少しだけ宙に浮かび、腕の筋肉と翼に脈を滾らせて、軽く炎を吐く。
クレアは腰に複数の弾倉を携えて魔導突撃銃――アサルトライフルの安全装置を外し、サイドカーに乗る。ハーミスは軽く首を鳴らした後に、自動探知銃座を二基搭載した戦闘用改造バイクに跨る。
どちらかの声で始まる。獣人街の未来を決める戦いが、もうじき。
――いや、もうじきなど遅い。
「――いいいいけえええええぇぇぇ――ッ!」
リヴィオの凄まじき一声によって、戦いの火蓋は切って落とされた。
「「うおおおおおぉぉぉ――ッ!」」
ギャング達とハーミス一行、男達が武器を掲げ、一斉に駆け出した。
それを見て、聖伐隊が走ってきた。リオノーレは駆けてゆく兵士達の中で仁王立ちし、ハーミスが来るのを待っているようでもあった。
ならば、お望み通りにと言わんばかりに、バイクは爆走して誰よりも早く戦場の中央へと辿り着いた。向かって来る兵士を睨み、彼はハンドルの横の赤いボタンを押した。
「クレア、ありったけぶっ放せッ!」
彼の言葉と同時に、自動銃座の銃身が動き、紫色の魔導弾をとてつもない勢いで撃ち始めた。バイクが疾走し、敵の群れを掻き分けていく度、光るマズルから撃ち出される銃弾が兵士の体を蜂の巣にし、死体の山を作り上げていく。
「うりゃりゃりゃりゃりゃりゃああぁぁ――ッ!」
クレアもまた、サイドカーの中から魔導突撃銃を撃ちまくる。まだ味方が接敵していないのをいいことに、狙いすら定めずに乱射するが、返って都合が良い。
「良い調子だ! オートモードをオンにしておくから、弾切れになるまで撃ってくれ!」
ハーミスが敵を乱しながら数を減らしていると、遂にギャング達が兵士とぶつかり合った。最初に武器を振り上げたギャングの攻撃を防ごうと、兵士が盾を翳したが、半透明の剣はなんと盾を斬り裂いてしまった。
「なに、盾がこんなにあっさりとぐおッ!?」
驚いた兵士は蹴飛ばされ、顔を剣で貫かれて死んだ。
その一撃を皮切りに、双方の全勢力が激突した。しかし、どこかしこでもギャング達の使う武器が優位性を示していた。円形の盾を剣が貫き、兵士の体を裂く。槌で殴られようと長方形の盾は割れず、隙をついて敵を斬り殺す。
「すげえ、この剣! 敵の盾を貫通しやがったぞ!」
「盾もだ、ハンマーで殴られたってびくともしねえ! どんどん攻め立ててやれ!」
周りで巻き起こる戦闘は、ギャング達に分があった。
人数差はあるはずなのに、ギャング達が確実に優位に立っていた。それは武器が強いからだけではなく、ルビーやエルが一騎当千の力で聖伐隊を退けているからだ。
魔女とドラゴンの力はとてつもなく、特にルビーは、敵が攻撃する前に腕の一振りで頭を抉り取り、尾の一振りで体を真っ二つにしてしまう。
「グルガアゥッ! エル、あの人達を援護してあげて!」
エルの魔法は、敵が攻撃を仕掛ける前に動きを止め、体を捻じ切ってしまう。ギャング達が敵に囲まれているなら、その敵をオーラで覆い、投げ飛ばして窮地を救う。
「もうやっています! クレアとハーミスはどこに行ったのですか!?」
「二人ならバイクに乗って敵を攪乱してる、この、ガアゥ!」
戦場の真ん中で髪と鱗を振り乱しながら戦う二人は、雑魚を蹴散らしてゆく。
そんな戦況を見て、自分も参加するべきだと判断したのか、リオノーレはすたすたと歩いて来ていた。余裕綽々の態度で敵に向かってくる彼女に、ギャングが襲い掛かる。
「薄汚い獣人が、私に触れるなァ!」
しかし、彼女の剣の一薙ぎは、ギャングの攻撃よりも遥かに速かった。彼らは剣を振るうより先に首を刎ねられ、死んだ。
仲間の死を目の当たりにして、ギャングや男達が往訪しようとするが、歯が立たない。
「ぎゃあ!」「うぐ、このうあぁ!」
たちまち屍の山を築いていくリオノーレの目的は一つ。
「ハーミス、来なさい! 一騎打ちで殺してやるわ!」
バイクに跨り銃弾を撒き散らし、敵を確実に減らしてゆくハーミスだ。
彼と戦うのは味方への被害を減らす理由もそうだが、彼が好き勝手に暴れているのが、予想以上に鼻もちがならなかったからだ。部隊を率いているというのに随分と感情的に物事を動かすリオノーレの前に、ハーミスはまだ来ない。
「――そうはいかんのう。ハーミスと殺りあう前に、わしとニコが相手じゃ」
「よくも大頭を殺してくれたな、聖伐隊。ここで仇を取らせてもらう」
代わりに来たのは、今しがた兵士の首を刎ね、突き殺した二人。リヴィオとニコだ。
怒りの炎を瞳に燃やし、リオノーレは顔を歪ませる。
「知ったこっちゃないのよ、大頭なんてね。それともあんた達を殺せばハーミスが寄って来るのかしら……だったら、お望み通り殺してやるわよ!」
こんな奴らなど、遊び相手にもならない。だが、殺してハーミスを呼び寄せるなら。
二刀流の剣を手首の先で回しそう思うリオノーレに、二人は同時に襲いかかった。
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