第105話 激戦②


 カタナと槍の同時攻撃は、かつての二人の必殺技でもあった。

 息の合った二人の攻撃をまさかもう一度見られるとは、二人が一番思っていなかった。左右から攻め立てるこの技は、そう避けられるものではない。


「あのね、ギャングのボスだか何だか知らないけど、私に勝てると思ってるわけ!?」


 ただ、今回は相手が悪い。相手は人間の中でも特に異質の、勇者なのだ。

 リオノーレは太刀筋すら見ずに、二人の攻撃を剣の切っ先だけで防いだ。リヴィオも、ニコも相当な力を入れているのに、思わずつんのめってしまいそうになった。それほど、勇者の力が凄まじいのだ。


「な、この力は!?」


「獣人が力負けするなんて、そんな……うわッ!」


 相当な力を込めて武器を振るおうとした二人だったが、リオノーレが剣を半ば乱暴に振り回すと、二人の体は地面に叩きつけられた。

 即座に反撃に移ろうとしたリヴィオだが、カタナを剣で抑えられ、蹴り飛ばされる。背後からニコが槍で突こうとするも、矛先をずらされたせいで先端が空を虚しく切る。驚くニコの顔面に、勇者の拳が叩き込まれた。

 たった一撃。一撃なのに、二人は動けないほどのダメージを負う。


「私は『勇者』の天啓を得た『選ばれし者』よ。そんじょそこらの人間と一緒にしないことね、汚らしい獣人がぁッ!」


 そんな二人に、リオノーレは容赦ない追撃を加える。剣での猛攻を目の当たりにし、起き上がった二人はどうにか攻撃を凌ぐが、連撃を前に圧されてゆく。

 とうとう、フェイント混じりに放たれた蹴りによって、二人は仰向けに倒れ込んだ。


「ぐう、う……」


「ここまで強いのか、『選ばれし者』は……」


 呻くニコの喉に、リオノーレの剣が突き付けられる。

 彼女はこのまま、辞世の句も言わせずに喉を掻っ捌き、殺すつもりだった。


「そうよ、強いのよ。あんた達亜人を殺す資格のようなものだと思ってもらっていいわ。神が、聖女が言っているのよ、この世から汚れた存在を消し去ってしまえと――」


 大仰な死刑宣告の間に、ドスを投げつけられなければ。


「――あ?」


 ぎろりと睨みつける彼女に、ドスを投げたのはリヴィオだ。鎧に弾かれ、全くダメージを与えられてはいないが、それでもリヴィオはしてやったりと、笑った。


「よう喋るのう……阿呆みたいなツラしおって」


 瞬間、リオノーレの怒りは頂点に達した。


「……てめええええぇぇッ!」


 リヴィオの肩に、勇者の剣が深々と突き刺さった。


「おっぐ、ぐ、があぁ!」


「反抗してんじゃないわよ、獣人風情が! まずはあんたから殺してやる!」


 剣を引き抜いた彼女は、ニコへの関心を完全に失っていた。今や彼女が確実に殺したいと願っているのは、散々蹴りを叩き込み、虫の息へと追い込んでいるリヴィオだけだ。

 勇者の筋力で蹴られ、内臓すら傷つくのを感じた彼女は、薄れゆく意識の中で思う。


(しもうた、体が動かん……調子に乗りすぎたかのう……)


 ニコを助けるつもりでもあったし、一矢報いてやるつもりでもあった。だとしても、今のリヴィオには過ぎた行動だったのだろう。リオノーレが剣を掲げているのが見えても、全く体が動かない。

 恐らく、ここで死ぬ。戦場の隅、誰にも知られず死んでいく。

 死への恐怖はない。ただ、ニコが生き延び、子分達の面倒を見てくれれば。


(ニコよ、わしはもう駄目じゃ。言うた通り、街を頼んだぞ)


 目を閉じる余裕もないまま、リオノーレと向き合い、彼女が剣を振り下ろす光景を見た。それがきっと、最期に見る光景だとも思っていた。

 だが、違った。

 リヴィオの視界に、リオノーレと剣を遮る何かが割って入った。

 最初は、何かが分からなかった。彼女の脳が、自分を庇ってくれたらしい相手の存在をしっかりと認識したのは、彼の割れた眼鏡が草原に落ちた時だった。


「…………ニコ?」


 ニコだ。

 リオノーレの剣に貫かれたのは、リヴィオではなく、彼女を庇ったニコだ。

 彼が盾になってくれたおかげでリヴィオには刃が触れなかったが、ニコの胸からは刃が突き出ていた。彼の虚ろな目と、リヴィオの目が合った。


「がふ、う……ぅ……」


「ニコ!」


 リヴィオが叫ぶと、リオノーレは面倒くさそうに剣を引き抜き、ニコをどかした。彼の体は小刻みに痙攣し、呼吸も弱弱しく、今にも目が閉じそうになっていた。

 ようやく立てそうになったリヴィオだが、後の祭り。


「ったく、邪魔してんじゃないわよ、ガキが。それじゃあお待たせ、今度こそ……」


 しかし、まだ終わってはいない。


「リオノーレエエェッ!」


 勇者の背後から聞こえてくる、バイクの轟音。

 自動小銃を乱射しながら、リオノーレの凶行に気付いたハーミスがバイクでの特攻を仕掛けてきたのだ。クレアの突撃銃も支援射撃を行うが、リオノーレは動じない。

 小銃が放つ魔力弾を、勇者は全ていなし、斬り払う。彼女が剣を煌めかせた瞬間、まさかと思い、ぞっとハーミスの背を悪寒が走った。

 彼がクレアを掴み、バイクから飛び降りると、リオノーレ目掛けて突撃していくはずのバイクが、彼女の剣の一振りで一刀両断されてしまった。二つに分かれたバイクが爆散しても、彼女は無傷だった。


「こいつ、バイクを真っ二つに!?」


 地面に転び、燃え盛るバイクを前にして驚くクレアの横を、ハーミスが駆け抜けた。

 右手には、割られたライセンス。左手には、ギャング達に貸したのと同じ剣。そして剣士の職業とスキルを得たハーミスが、リオノーレと激突した。

 ユーゴーとも、バントとも違う、明確な強さを前にしても、ハーミスの心は一歩も退かない。リオノーレもまた、ハーミスがようやくこちらに来たのを喜んでいるようだ。


「やっと来たわね、ハーミス! あんたが遅いから、一人殺しちゃったじゃない!」


「てめえ、てめえよくも! よくもやってくれたな!」


「一々キレてんじゃないわよ、獣人一人殺したくらいで! それよりも自分の身を案じた方が良いわね、これからこの勇者と一騎打ちするんだから!」


 彼女がそう言うのと同時に、鍔迫り合う二人の足元が青く光る。


「どういう意味……」


「こういう意味よ、『転送魔法』テレポート!」


 ハーミスが問い返すよりも先に魔法名を叫び、手を翳したリオノーレと、ハーミスの姿が。最初からなかったかのように、風に吹かれてしまったかのように。

 戦いの続く平原。、血で血を洗う戦いが続く獣人街の門の前で。


「……ハーミスとあいつが、消えた……!?」


 ハーミスとリオノーレだけが、姿を消したのだ。

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