第101話 軍勢
運命の日の、朝日が昇った。
硬く閉ざされた北側の門、その少し先に獣人街の守護者達が並び立っていた。
中央のリヴィオ、ニコ、装甲を加えて改造されたバイクを携えるハーミス一行を最前線に、ギャング、街の男衆と並ぶ。共通の盾と剣を持つ兵士のような男達が門の前を埋め尽くすその図は正しく壮観で、どれだけ強力な魔物であっても近寄ろうとはしないだろう。
そんな彼らを守護するかのように、前述した通りハーミス達は敵を待っている。一行の中でも、ルビーは既にドラゴンへと変貌し、顔から尾の先まで、黒い装甲に覆われている。彼女が言っていた『新しい力』とは、きっとこれのことだ。
唯の旅人が落ち着き払っている中、盗賊のクレアだけは、大袈裟に息を吸ったり吐いたりして、心の平穏を保とうとしているようだった。
「……大丈夫、大丈夫……あたしならやれる、大丈夫……」
妙な呼吸をしている彼女を、仲間が気遣う。
「緊張してるな、リラックスしとけ」
「まったく、この程度で体が強張るとは情けないですね」
「あんた達が異常なのよ! これから戦争に参加するってのに、どうしてそんなに落ち着いていられんのよ!?」
クレアに怒鳴られても、ハーミスやルビー、エルは当然のように返す。
「ルビーは聖伐隊なんて怖くないもん」
「戦争には特務隊時代に何度か参加しています。貴女とは経験が違いますので」
「安心しろ、もしヤバくなったら俺達が絶対に助ける。不安なら下がっててもいい」
ぽん、とハーミスに肩を叩かれたクレアは、ようやく落ち着いたようだった。
「……そういうわけにも、いかないじゃない。冷静って言えば……」
額の汗を拭い、彼女はぐるりと周囲を見回す。
「街の皆も、気味悪いくらい落ち着いてるわね。戦争なんて、したことないはずなのに」
街の外の組織と戦ったことすらなさそうなのに、誰もが恐怖に呑まれず、寧ろ闘志に燃えているようだった。誰もが、戦闘民族かと疑ってしまうような形相だ。
その理由は、隣に立つリヴィオとニコが教えてくれた。
「そりゃあそうじゃ。獣人街に住む者の本質は、戦士じゃからの」
「誰も彼もが、大切なものの為に戦える。街の男達は、やわじゃないさ」
腰にドスとカタナを携えたリヴィオと、背丈より長い槍を背負うニコ。彼らの後ろには、ずらりと並ぶギャング達。民間人とは違い、彼らは武器が良く似合う。
「民間人ですらそうなんだ、ギャングには期待してるぜ」
ハーミスにそう言われ、ニコは小さく微笑んだ。
「期待には応えるよ。ところでなんだが、連中が来る方向はこっちで間違いないのか? 別の門からやってくる可能性は?」
「こっちで間違いないわよ。工作員も最初は別の方向を教えたけど、爪を十枚剥いでやったら、この方角を教えたの。あとは言い分を変えなかったから、間違いないわ」
「はは、やっとることはギャングと変わらんのう、お前らは……」
リヴィオの大袈裟なくらいの笑いが、不意に止まった。
遠くに見える平原の端から、白い影がぼんやりと見えてきたからだ。
「――来たぞ」
ハーミスの一言で、戦士たちの顔が引き締まった。
平原の緑を埋め尽くし、塗り潰すようにやってきたのは、聖伐隊の兵士だった。
普段の隊服を着ている者は誰もいない。本格的な戦闘に備えてか、白い鎧に身を包んで、剣や斧、槌を持つ者までいる。巨大な投石機や馬も見えている。まるで、街を支配するというよりは、国を奪い取りに来た侵略者だ。
そして数など、もう数える必要もない。獣人街を簡単に覆い尽くせるほどの数は、地平線を隠してしまうほどの兵士の数は、明らかにこちらよりも多い。ずっと多い。
「こうして見ると、壮観ですね。紛れもなく、街を滅ぼすつもりでしょう」
文字通り十倍の戦力と言っても過言ではない敵の物量を前に、流石の男衆の目にも恐れが浮かび始める。いくら想像していたとはいえ、現実の脅威は妄想よりずっと上だ。
「あれが……!」「すげえ数だ……!」
「数に気圧されるな! 質はわしらの方がずっと上じゃ!」
リヴィオが一喝した時、軍勢の中央に陣取る誰かが、こちらに走ってきた。馬に乗り、単身駆けてくる姿は、戦いの先陣を切りに来たわけではなさそうだ。
「ハーミス、誰かがこっちに来るよ。緑色の髪で……青い服を着てる人」
ルビーの報告通りの相手であれば、ハーミスはよく知っている。
「……リオノーレだな、きっと。俺に会いに来たってか、嬉しくて涙が出るぜ」
恐らく、自分に会いに来たのだ。ならば、こちらも礼儀を示さなければ。
サイドカーを再び取り付けたバイクに跨り、ハーミスは言った。
「ちょっと、戦前交渉ってやつをしてくるよ。直ぐに戻ってくるだろうけど」
「ブチ殺せるなら、そこでやっちゃいなさい」
「俺達は文化人だぜ、野蛮な真似はしねえさ」
エンジンをふかし、バイクは平原に一筋の跡を作りながら走り出した。
遠くに見える緑色の髪と、青い服――もとい鎧が見えてきた時、彼はアクセルを握る自分の手に、血管が浮くほど力が篭っているのに気付いた。
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