第102話 対面


 睨み合う両軍の間、ちょうど真ん中で、二人は三年ぶりに顔を向け合った。

 自分の首筋や体に継ぎ目があるように、リオノーレの外見も変わっていた。

 ユーゴーのそれとは違う、青を基調とした薄い鎧。腰に提げた一対の剣。緑の髪は一層短くなって、片目は隠れていない。彼女が青と緑のオッドアイなのは知っていたが、こうして間近で見るのは初めてだった。

 汚物を見るような相手の視線に気付いたハーミスは、早めに話を切り出した。


「……久しぶりだな、リオノーレ」


「私の名前を呼ばないで、汚らわしい」


 努めて友好的に話したつもりだったが、返ってきたのは憎悪に塗れた声だった。


「よくも『選ばれし者』を三人も殺したわね。ローラの夢を、私達の夢を阻むあんたの存在は絶対に許せないけど……譲歩してやらなくもない点も、あるのよ」


 譲歩も有情も、リオノーレの意志ではないとハーミスは直感した。

 彼女の纏う空気が、瞳の奥の怒りが、出来るならばハーミスに関わる全てを殺してやりたいと言っていたからだ。嘘が下手な彼女は、本心を混ぜ込んで、彼に提案した。


「降伏しなさい。そうしたら、仲間も住民も、苦しまずに殺してあげるわ。どうせあんた達に勝ち目はないのよ、だったらいっそ苦しまない死に方を選んだらどう?」


 とことん相手を見下した要求に、彼の返事は決まっている。


「……そりゃあ呑めねえよ。代わりと言っちゃなんだが、俺からも提案があるんだ」


 リオノーレよりもずっと冷たい、憎しみを込めた目で彼女を睨み、言った。


「降伏しろ。お前も、お前の仲間も、最期まで苦しませて殺してやるよ」


 最初から降伏させる気がないのは、彼女だけでなく、ハーミスも同じだ。

 寧ろ、彼の方は降伏をしようが対応を変える気など欠片もなかった。絶対に、ありとあらゆる手段を使ってリオノーレに地獄を見せてやるのだと決意していた。三年分の憤怒を詰め込んだ彼に対し、リオノーレも顔が歪むほどの表情を見せつける。

 こんな調子で、戦前交渉など出来るはずがないのだ。


「そう怖い顔するなよ、リオノーレちゃん。お前だけは特に念入りに殺してやるからよ。俺を蹴った分、焼いた分、迫害した分の恨みを全部注ぎ込んで、な」


「……後悔するわよ」


「お前がな。ユーゴー達が地獄で待ってるぜ」


 どちらでもなく、双方が背を向け、走り去った。ハーミスは一同の下にバイクで戻ってくると、頭を掻きながら、ちょっぴり申し訳なさそうに笑った。


「あー、悪りい。戦前交渉は決裂だ」


 誰も、怒る者などいない。完全な予定調和で、どんとこいだ。


「分かってたわよ。ったく、最初っから交渉する気もなかったでしょうに」


 クレアがそう言うと、周囲が笑い声に包まれた。

 そんな様子を一瞥しながら、リオノーレも自分が率いる軍の中に戻った。


「リオノーレ様、いかがしましょう」


 彼女に近寄り、声をかけてきた兵士に、リオノーレは答えた。


「あの様子だと、門の前にいるのが全戦力よ。だったら予定通り、残りの三方向から攻撃を仕掛けて、内側からぶち壊してやるわ」


 聖伐隊の作戦は、やはり門とは別方向に別動隊を用意し、壁を登るか周囲から回り込んで挟み撃ちにする作戦だった。街を囲むように三つの班が既に移動し、リオノーレの命令一つで街を、ひいては抵抗できない住民に攻撃を仕掛けられる。

 そして彼女は、何の躊躇いもなく、耳に付けた通信機に向けて言った。


「第一並びに第二、第三班長、作戦を始めなさい。街を落とすのよ」


 これで、街の連中は皆殺し。獣人共の血で、街は汚れる。

 愚かな生き物の末路を想像して、街を守れない無力さに歯がゆい顔をするハーミスを想像して、リオノーレの口元が大きく歪んだ。


『――リオノーレ様、作戦は、作戦は失敗です!』


「……は?」


 その歪みは、ほんの数秒で消え去った。

 魔法通信機の向こうから聞こえてきたのは、住民達の絶叫ではなく、聖伐隊の悲鳴と泣き叫ぶ声、何かに撃ち抜かれる声だったのだ。

 そんなはずはない。門の前にいるのが、獣人街の人数からしても戦える全戦力のはずで、女子供に防衛など出来るはずがない。驚愕で目を見開き、敵がどんな手段を用いているのかを必死に考えていると、班長とやらが教えてくれた。


『壁に無数の兵器が、兵器としか呼べない何かがいます! それの攻撃で、壁に接近することすらできません!』


 壁の兵器。意味が分からないと、彼女は次いで、他の部隊にも連絡を取る。


「どういうことなの! 第二、第三班! 応答しなさい!」


『む、虫のような奴らが矢を、いや、矢じゃないあれがぎゃあああ!』


『壁を登れません! 部下は全滅、あんなのに――』


 虫。矢を放つ虫。

 一層理解できない発言を最後に、通信は途絶えた。それは間違いなく、三方向からの攻撃が完全に失敗したことを意味していた。


「……班長、応答しなさい、班長!」


 通信機を耳から離し、リオノーレは喚き散らす。

 そんな様子を遠目には見られないが、敵が一向に攻めてこない、何かを待っているかのような状態を維持し続けるのを眺めながら、クレアがハーミスに聞いた。


「攻めてこないわね。あんたの言ってた『自律迎撃四脚移動砲台』が、仕事してるの?」


 頷いた彼の手には、ポーチから取り出した長方形の薄い板――彼が『タブレット』と呼ぶアイテムが握られていて、そこには壁の外の光景が映し出されていた。

 ハーミスが街の防衛用に準備したのは、『自律迎撃四脚移動砲台』。

 人よりも二回りほど小さいそれは、黒い鉄の胴体に同じく黒い四本の足を持ち、胴体には銃座が取り付けられている。壁を這うように歩き、敵を見つけると射撃を開始する。誰が命令しなくても、自動的に聖伐隊を迎撃するのだ。

 そんな代物を、ハーミスは壁の至る所に配置した。数十機のセントリーガンは、ハーミスの期待を遥かに超え、タブレットに映る光景の中で別動隊を殲滅した。


「ああ、その通りだ。予想通り、奴らは戦力を三方に割いてくれたな。今頃は移動砲台――セントリーガンの餌食になってるさ」


「自動で敵を始末するなど、便利なもんじゃのう」


 腕を組んで感心するリヴィオやニコに顔を向け、ハーミスは口を吊り上げて、悪魔のような笑顔を見せた。


「まだまだここからだ。あいつらの策は、全部ぶっ潰してやるぜ」


 セントリーガンを前方に配置しなかったのは、撤退されると困るからだ。

 敵には、もっと攻めてきてもらわないといけない。撤退など許さない。ここで完全にうち滅ぼす為にも、手の内を全て見せてもらわねば。

 彼の感情に呼応するように、門の前方に設置された『それ』の、透明な姿が揺らいだ。

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