ビースト(前篇)
第73話 要塞
晴れた空の下、昼下がり。音を立てて走るバイクと、空を飛ぶ赤い竜。
大きな川に沿って進む彼らは、長閑な雰囲気とは裏腹に、人の住む区域には入れないお尋ね者。魔物を滅し、人を守る聖伐隊からすれば、親の仇も同然。
銀髪の男。背の低い少女。人を模した竜。桃色の魔女。
「――可能ですよ、魔女にはそういった魔法を使う者もいましたから」
奇怪な面子の四人組は、追われる身であるにも拘らず、呑気な話に花を咲かせていた。
話の始まりは何だったか、覚えていない。ただ、魔女のエルが、特殊な魔法について話していたようには記憶していて、盗賊のクレアが話に乗っかったのだ。
金の話になると、彼女はサイドカーの中で目を輝かせる。
「ほんとに!? じゃあ、黄金を増やせるわけ!?」
「質量によって消費する魔力が違いますので、山のようにとはいきませんけどね」
そんな彼女を、赤い竜のルビーがじとっとした目で見つめる。
「クレア、また悪いこと考えてる時の顔してるーっ」
「いいんじゃねえか、考える分には。何でも物を増やせる魔女なんて、一度お目に……」
バイクを運転する死人、ハーミスが話に乗った時、巨大な湖が見えてきた。
そしてその手前に、とてつもなく巨大な街――いや、それをぐるりと囲む壁が。
手前に見えているのは赤く巨大な門。そこを起点として、円を描くように、ハーミス達の十倍以上はある壁が、街と思しき範囲を覆っている。そこに続く、整備された路がないことから、ある程度隔離された地域であると窺える。
アクセルを回す手を緩めながら、ハーミスがクレアに聞いた。
「……見えたぞ、あれが獣人街か?」
「そうね、獣人街よ」
街と聞いていたハーミスにとっては、予想を遥かに超えた大きさだ。
「でっけえ……街って言うからもっと小ぢんまりしてるかと思ってたんだが、あれじゃ要塞って呼んだ方が良さそうだな」
「大国家の首都ほどの面積がありますから、当然です。かつては事実、要塞としても機能していたと語られていますし、聖伐隊も一度は退けたと聞きます」
「聖伐隊をやっつけたの!? すごーい!」
エルの話を聞いて、ルビーは驚いた。
ドラゴンが守る村、他者を寄せ付けないエルフの里が支配された中、一度でもあの聖伐隊を退けたと聞けば、当然驚くだろう。
「他の侵略地はたいてい陥落しましたので、敵としても一目置いているようですね。ところで、何と言って獣人街に入るつもりですか、ハーミス?」
獣人街の入り口らしい赤く巨大な門に接近していきながら、エルがハーミスに問うと、彼は少しだけ考えこんだような様子を見せる。
「あー……考えてなかったな、そういや」
クレアが呆れた調子でため息をついた。
「全く、あんたってばそういうとこよ、ほんとに。門前払いをくらったらどうすんのよ」
「まあ、私も考えていなかったですし、同罪です。門の前で考えましょう」
「エル、あんたも結構考えなしよね……つーかあんた、聖伐隊の隊服はまずいわよ。はいこれ、マントでも何でもいいから羽織っときなさい」
「ありがとうございます」
カーキ色のマントを羽織り、エルが聖伐隊の隊服を覆い隠す。
考えているようで考えていない、作戦があるようで作戦がない面々に振り回され、頭を悩まされるのは、最早クレアの役割の一部ともなっていた。
どうしたものかと思案を巡らせていた頃には、バイクは既に門の前に来ていた。重厚感のある赤い門の前には、巨大な槌を携えた、屈強な二人の男が立っていた。
「止まれ。お前ら、この街に用か?」
バイクを止め、押したハーミスの視線は、近寄ってくる男達の頭と臀部に向いている。
(門番も獣の耳に尻尾が付いてる。そりゃ、当然か)
獣のような耳と、尻尾が生えているのだ。ハーミス自身、獣人と会うのは初めてで、エルフの長い耳にはそう驚かなかったが、獣人のように明確に特徴化されているのには、流石に目を丸くせざるを得なかった。
思わずぼんやりと眺めていると、門番の不穏な視線に気付いて、彼は問いに答えた。
「ああ、ここに入りたいんだ。特に用事はねえけど、閉鎖してるわけでもねえだろ?」
直球で、怪しすぎる発言で。
要塞に用事はないが入れてくれと言って、はいそうですかと入れてくれる門番がいるだろうか。ともすれば攻撃されかねない発言を耳にして、クレアが慌てて取り繕う。
「ハーミス、あんた直球すぎるのよ! い、いや、あたし達はですねえ……」
「獣人街に来たことがないので、来てみましたっ!」「右に同じです」
「おバカコンビは黙ってなさいっ!」
ルビーとエルに背中を撃たれれば、何の意味もないのだが。
このまま失せろと怒鳴られて、槌を振り回して追いかけられるのも予想の範囲内に入るほどの蛮行だったのだが、門番はズボンから一枚の紙を取り出すと、それとハーミスの顔を見比べた。
そして、彼らは互いに顔を見合わせ、にこりと笑った。
「――ふむ、成程。分かった、入っていいぜ」
入っていい。
あまりにもあっさりとした歓迎と共に、門番が門の横にあるレバーを引くと、物凄い音を鳴らしながら、門が内側に開いた。
「……へ? あ、あの、いいんですか?」
呆気にとられたクレアの質問に、紙を仕舞いながら、門番の一人が答えた。
「普通なら門前払いだ。けど、お前らが来たら通してくれって頼まれてたんでな」
「だ、誰に……?」
「あそこの二人だよ。おーい、嬢ちゃん達! ハーミスとやらが来たぞー!」
彼が指差したのは、門の中、街と壁の境目。
嬢ちゃん、と呼ばれた二人は明らかに獣人ではなかった。
金色の髪と独特の民族衣装、四足の魔物に跨った姿の二人が振り返った時、エルを除いたハーミス達は、彼女達が誰であるかを思い出した。
「――お前らは!」
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