第69話 桃色


 一方、地上ではすでに、勝敗が決しようとしていた。

 クレアとルビーは、水と岩で作られた即席の大地の上に落ちていた。

 翼には矢が刺さり、頬や腕、足には大きな切り傷ができている。二人とも泥まみれで、クレアの突撃銃は使い物にならなくなったのか、彼女がたった今、投げ捨てた。


「グウウ……」


「あいつら、こんなに強いなんて……突撃銃を全部撃ち切っても、あの盾一つ破れないって、どうなってんのよ……!」


 二人をここまで追い込んだのは、洗脳された隊員と、腹心の二人。マリオは一対の剣を、ヴィッツは巨大な盾を装備し、二人と距離を詰めていた。恐らく、ルビーの炎やクレアの銃撃を全て防ぎ、援護射撃と斬撃で追い詰めたのだ。


「だから言ったでしょう? マリオとヴィッツは、洗脳したうえで脳のリミットを外したの。体は長くもたないけど、人を超越した力を手に入れているのよ」


 マリオを通じて話すティアンナの声を聞き、ルビーは竜の体を起こして、唸る。


「クレア、逃げて……ルビーが時間を稼ぐから、その間に……!」


「逃げるのはあれっきりよ、今回は一緒に死んでやるわよ!」


 背嚢は岩の底、武器はハーミスに貰った右腕の仕込みナイフだけ。それでも今度ばかりは逃げないと決めたクレアに、隊員達が矢の狙いを定める。


「大丈夫だよ、二人一緒に死ねるからね」


 死刑宣告が下され、二人は覚悟を決める。最期の一瞬まで、戦う覚悟を。


(くそ、肝心な時にいないなんて! あの世で呪ってやるわよ、ハーミス!)


「それじゃあ号令で一斉に射撃してね、せーの――」


 ティアンナの陽気な声が滝にこだましようとした、その時だった。

 地の底から、とてつもない地響きが一帯を揺らした。


「きゃあああッ!?」


「な、何、何が起きたっての!?」


 いや、響いているのではない。岩が揺れ、内側から漏れ出す光に触れて、ゆっくりと宙に浮いているのだ。その光は埋もれたはずの、隠れ家がある滝の底から現出している。

 何が起きているのかと、矢を放つ手も、戦う手も止まっていた。何十個もの岩が浮き、水が球体となって舞い、底から光の正体が現れた時、マリオの目が澱んだ。


「……予想外ね」


 現れたのは、ハーミスとエルだった。

 二人とも、桃色の光に包まれていた。怪我の一つもない状態で、特にエルは宙に浮いたまま両手を翳し、岩や水をオーラで操っているようだった。


「――ハーミス、エル!」


「ったく、出てくるのが遅いのよ、このおバカ!」


 二人の無事を喜ぶクレアとルビーの歓声を受けながら、ハーミス達は地に足を付けた。同時に、エルが操っていた全てが地面に落ち、震動と騒音を伴って、元あるべき場所に戻った。それでもまだ、エルの両手には、燃えるような桃色のオーラが纏わりついていた。


「せっかく助けに来たのに、随分な言い方ですね……まあ、今回は許します」


 さっきと変わらない調子で返事をするエルが無事であるのに、ティアンナも驚いているようで、マリオの口から隠し切れない声が聞こえてきた。


「驚いたわ、ハーミス、それに魔女も。まさか生きてるなんて」


「何でも思い通りになると思うなよ、ティアンナ。世界はてめぇの為にあるんじゃねえって、肌身にしっかり叩き込んでやるぜ」


 ハーミスの返事が、ティアンナはどうやら気に喰わなかったようだ。


「……目標を変えて。狙いはあの二人――射て」


 間髪入れず、目標を変えた矢を、隊員が放った。

 一人につき一本、計二十本弱。クレアですら避けきれなかった矢の雨だが、光る腕を翳したエルにとっては、こんな攻撃は児戯にも等しい。


「この程度の矢で、私の力をどうにかできると思わないことですね!」


 エルの手からオーラが放たれると、桃色の瞳で見据えられた矢が全て、光に包まれた。すると、相当な速さで飛来していたはずの矢が、完全に動きを止めたのだ。


「す、すっご……あれだけの矢を、全部止めた……!?」


 驚くクレアを他所に、エルが指先を回すと、矢の方向が変わる。よくよく見ると、矢は完全に静止しているのではなく、勢いを保ったまま止められているのだ。


「家族の力を受け継いだ私に、覚悟を決めた私に敵はいません。貴方達に恨みはありませんが、聖伐隊に所属したことを――」


 だとすれば、方向を聖伐隊に向けた矢が何に使われるかは、明白だ。


「――後悔してください」


 光の効力が消え、予定通り矢は放たれた。

 ただし、全て聖伐隊がいる方角へ。二十本以上の矢は、桃色の光を纏って更に加速し、隊員達を串刺しにした。

 串刺しならまだ良い方だ。力を付与された矢は、一撃で肉体を抉り、砕き、もぎ取った。頭を吹き飛ばし、腸を引き千切り、上半身を木に縫い付けたのだ。

 凄まじい威力に、クレア達ですら唖然とする。唯一生き残った二人の部下を通じて見つめたティアンナも、きっと想定外のスペックを前にして、驚愕しているのだろう。


「……侮っていたわね。秘めた才能を、まさかここで開花させたなんて」


「お前じゃあ、こいつの才能を見抜けなかっただろうな。支配するばかりで何も知ろうとしねえ、だからここで、お前の腹心も死ぬ。俺がぶち殺す」


 追い打ちをかけるように前に出たハーミスもまた、沈む前と格好が違っていた。

 両腕には、巨人のような黒い腕が装備されていた。ハーミスの全長よりも長く、大木よりもずっと太い腕は、いつか召喚した巨人の腕に似ているが、非情に鋭角的で、巨人というよりは、悪魔の腕のようだ。

 彼の顔の横に表示されるステータスも、『剣士』ではなかった。素早さと筋力、腕力のステータスに優れ、防御力を捨てた攻撃特化型の戦闘職業。

 そんな異形の拳を握り締め、構えながら、ハーミスは言った。


「武器は『対機動兵器撃滅超大型駆動腕』、職業は『拳闘士』、スキルは『一撃入魂』バルクスマッシュ。ティアンナ、お前も知らない俺を見せてやるよ」


 剣を突き付けるマリオも、盾で殴るべく持ち方を変えるヴィッツも、もう敵ではない。


「そんじゃ、サポート頼むぜ、エル!」


「任せてください!」


 桃色の光に包まれたエルの補助があれば、もう敵はいないのだ。

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