第68話 機会
赤く腫れた頬に手を当てながら、瞳に光を取り戻したエルは、ハーミスを睨んだ。
「……私が、何から、逃げているんですか」
「全部だよ。自分に嘘ついて、背中向けて生き続けてきたんだろうが」
ミンが死にかけていて、クレア達が空で戦っていると分かっていても、今、ハーミスは言わずにはいられなかった。ここでエルを傲慢なまま死なせるのは、彼の理性と感情、その双方が決して許さなかった。
「ここに戻ってくるのも逃げようとして、挙句の果てに死んで逃げるつもりか? 思い通りの現実にならねえからって、ガキみてえにごねるんじゃねえよ」
子供みたいに。クレアにも言われた言葉。
自分が成長していない。いつまでも何かを欠いた、幼い魔女。
そう言われたような気がして、遂にエルも語気を強めた。
「――だったら、だったら生きてれば何とかなるんですか!? 私の罪を帳消しにできるようなことがあるんですか、可能性でもあるんですか……ぐッ!」
喚き散らす彼女の胸倉を、ハーミスは掴んだ。触れたくもない聖伐隊の隊服であるのも構わず、六芒星の瞳に映った自分の形相にも構わず、ハーミスは自分の想いをぶつけた。
「知らねえよ、だから生きるんだろうが! 何が起きるか分からねえから生きるんだよ! 何でも起こせるから――自分の願い一つで変われるから、生きるんだよ!」
彼には理解ができなかった。生きる道が残されているのに、死ぬのが。
死ねば、何もかもが終わる。ハーミス・タナーは死んだから、復讐の機会すら与えられなかった。その時に気付いたのだ。死ねば終わる。ただし、可能性諸共。
「俺はな、天啓がなかった! 魔物を守るのがおかしいからって、仲間に殺された! それでも生き返って、あいつらに復讐してる! 聖伐隊に親を殺されたルビーも、一度は逃げ出したクレアも、味方になって戦ってる!」
ハーミス・タナー・プライムとして生まれ変わった彼は、生きる為に足掻いている。何としてでも生きて、そうすれば未来が変わると知ったからだ。仲間を得て、スキルを得て、復讐の道を見出した。
「どうすればいいかじゃねえよ、どうしたいかで生きてみろ! 散々自分に自信持ってるフリして生きてきたんだろ、どうせやるなら最期まで貫き通しやがれ!」
散々生きて、死ぬのはそれから。自分の道を貫いて、足掻いて見せろと。
ハーミスは全てをぶつけて、ようやく息を吸った。肩の力を抜き、もう一度ハーミスが息を吐いたのを見て、涙を堪えながら、エルは聞いた。
「……どうして、そこまで言えるんですか。見ず知らずの、相手に」
「俺はお人好しだが、世間じゃ無礼な悪党だからな。これくらいは言ってやるさ」
ようやく気付いたが、ハーミスの顔は彼の言う通り、どこか悪党のようだった。これまでずっとお節介を焼いてきた彼が悪党だなんて、思ってもみなかった。
エルの目に生気が灯った時、ミンの声が防壁の中でこだました。
「……ありがとうね、ハーミス……この子のことを……見抜いて、たんだね」
「そんなもんじゃねえよ。ちょっとイラついただけだ」
ミンの体は、もう精神だけで成り立っていた。体はきっと死んでいるのだと、節々から漏れ出す光で、ハーミスは察していた。
そんな彼女が言ったのだ。ハーミスがエルの弱さを見抜き、それでいて強さに変えられると。母親の自分に為せないのは恥ではあるが、彼ならばと。
「……エル、機会ならやるよ」
だからこそ、ミンは決めた。自らの命より、彼女の命の為に、ここで果てるべきだと。
「私はもうじき死ぬ……私の魔法力、生命力を全部、あんたにやるよ。一人の体に、二人分の力だ……望み通り、あんたは強くなれる」
母親の肉体は、半分以上が消滅しかかっていた。防壁が軋むが、代わりに、桃色の光はエルの体に吸収されていった。まるで、エルと一つになるかのように。
望んで止まなかった力は、今、齎される。分かり合えるはずだった未来を犠牲に。
「…………お母さん……」
「あんたが、願った力だ……どう使うかは、あんたが決め、な……」
全てを言い終え、彼女は消えた。愛だけは、気恥ずかしくて告げなかった。
「ミンさん……!」
「……私の、力……どうしたいか、どう、生きるか……」
残された二人の周りにある防壁が歪む。所有者がいなくなれば、壁はなくなってしまい、周囲の物量が二人を潰してしまうだろう。
「やばい、防壁が崩れる! 圧し潰されるぞ!」
所有者がいなくなれば、の話だが。
「――その心配はありません、私がいます」
静かに目を閉じ、開いたエル。そこにはもう、慢心だけの彼女はいない。
「私と、母がいます。今ここで成すべきことを為す為に……生きます!」
両腕に、溢れんばかりのオーラを纏い、彼女の体は宙に浮いた。決意と覚悟、そして生きる為の勇気を得た彼女を見て、ハーミスは
「……俺もやってやるさ、とっておきでな!」
使うのは大仰な兵器ではない。一つの武器と、ライセンス。
カタログを開き、彼はあの二人と、遠い邪悪を討つべく、
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