第42話 潜入


 少し前、ハーミス達が聖伐隊の隊員から話を聞いている間に、彼らの予想通り、ルビーはクレアを引きずって外に出てしまった。

 透明な布をずり落ちないように被りながら、ようやくどうにかしてルビーを引き留めた時には、駐屯所はすっかり遠くなっていたし、何やら騒がしくもなっていた。道端の壁にへばりつくようにして立ち止まり、クレアは布の中でルビーに怒鳴った。


「ルビー、あんたどうしてくれんのよ! ジョゴの屋敷の場所も聞いてない内から外に飛び出して! しかも駐屯所じゃやけに隊員が騒いでるし、戻るに戻れないじゃない!」


「大丈夫だよ、クレア! 多分お金持ちだから、きっとおっきいお家に住んでるよ!」


「多分ときっとで、よくもまあ言い切れるわね!」


 楽観的なルビーの言うことを信じていると、ロアンナの街を一日中散策する羽目になる。それではキリがないし、駐屯所の騒ぎも気になる。


「ったく、あたし達の姿は人に見られてないからいいとして、こうなったら虱潰しに屋敷を探していくしかないわね……ん?」


 屋敷の方から名乗りを上げてくれないかと頭を悩ませていたクレアは、ふと気づいた。

 ずっと遠く、魚屋の裏辺りで、ぼろ切れを羽織った女の子が顔を覗かせていた。それは間違いなく、ジョゴから逃げていた奴隷のエルフだ。見たところ、街から出るに出られず困っている様子の二人を、ルビーも見つけた。


「クレア、あれって! さっきの子供達だよ!」


「言わなくても見えてるわよ。街からは出られなかったのね……そうだ」


 不意にあくどい笑みを浮かべたクレアに、ルビーが言った。


「どうしたの? また悪だくみ?」


「ぶっ飛ばすわよ!? いいからついて来なさい、説明するより実行した方が早いわ!」


 どんな時でもツッコミを忘れないクレアは、今度は自分が先導するように、マントを羽織りながら、エルフの子供に近づいていく。

 聖伐隊や人間を警戒する子供達だが、人混みを縫って歩いてくる透明な二人には気づかない。そうしているうち、エルフは魚屋の裏にさっと隠れた。

 好都合だ。ここぞとばかりにクレア達は同じ暗がりに入り込み、これからどうしようかと蹲って作戦会議をする子供達に、こっそり声をかけた。


「……二人とも、ちょっと」


「「きゃあああぁぁっ!?」」


 そして、しまったと思った。透明な誰かに声をかけられれば、誰だって声を上げて飛び退くだろう。二人はばっとマントを脱ぎ、子供達の前に顔を見せた。それでもまだ、彼女達の恐怖は消えないようだった。


「だ、誰!?」「ごめんなさい、ごめんなさい! 屋敷には戻りたくない!」


 子供の相手は嫌いではないのか、クレアは落ち着いた調子で話しかけた。


「落ち着きなさい、あたしはクレア、こっちはルビー、どっちも味方よ。シャスティってエルフに頼まれて、あんた達を助けに来たの」


 ルビーが笑顔で手を振ると、子供達はクレアの言葉を咀嚼して、安心した様子だった。それどころか、シャスティの名を聞いて、喜びさえ見せている。


「シャスティ……まさか、里の戦士の!?」


「やっぱり、さっき矢を射ってくれたのはシャスティさんだったんだ!」


「そう、あんた達と子供、翡翠を奪い返しに来たのよ。ただ、奴隷商人の居場所が分からなくて……そこから逃げてきたなら、場所が分かるでしょ? 教えてくれない?」


 しめた、と思ってクレアが聞いたが、子供達はまた渋い顔をした。


「……い、嫌だよ……あそこに戻ったら、また捕まる! 今度は殺されちゃう!」


 その返答すら、クレアは先読みしていた。


「だけど、戻らないと他の仲間も殺されちゃうわよ。他の子達には、助けを呼んで戻ってくるって言ったんでしょ?」


「な、なんでわかったの……?」


「ふふん、大人を舐めんじゃないわよ」


 彼女とて、伊達に盗賊を続けていない。馬鹿を騙したことも、子供を騙したこともある。後ろのルビーも、クレアにとっては信頼させる為に使える道具だ。


「ま、安心しなさい。あたしの仲間には、このドラゴンを部下にして、聖伐隊の幹部をやっつけた英雄がいるのよ。駐屯所の聖伐隊を全滅させられる、凄い奴がね」


「聖伐隊をやっつけたの!?」「その人、ドラゴンなの!?」


 子供達が目を輝かせると、ルビーはカーテン製のマントを脱ぎ、翼を見せた。


「そうだよ、ルビーはドラゴンだよ! がおーっ!」


 疑いが半分を占めていた目が、期待に満ちてゆく。ただの人間ではなく、とても強い仲間が助けに来てくれたのではないかと、子供達は顔を見合わせる。


「分かった? あたし達はすっごく強いの。ジョゴだって、ぶちのめしてやるわ」


 ジョゴをぶちのめす。その一言が、決定打となった。


「……分かった、案内するよ! ついてきて!」


 すっかりその気になった子供達は、クレアとルビーを信用したらしく、裏道を走り出した。懐かせる為に、にこにこと優しい笑顔を見せていたクレアは、子供達が背を向けた途端、意地の悪い笑顔になった。


「ちょろいわねえ、子供って」


「クレアより年上だよ「うっさい!」……クレア、大声出すからキライ」


 クレアに怒鳴られたルビーは、ぶすっと顔を顰めた。

 子供達の歩幅は狭く、走るのもそう早くはない。しかし、大きな屋敷の裏庭らしいところに辿り着いたのは直ぐだった。

 裏庭といっても、手入れがされているわけではなく、周囲の建物のせいで日当たりの悪い場所でしかない。だが、傍には大きな屋敷があったのだ。間違いなく、ここはジョゴの屋敷で、奴隷が隠されていると思っていいだろう。

 草木がぼうぼうに生えた家の壁、その縁を、子供は指差した。


「ここだよ。尖った石が檻に落ちてたから、穴を掘って出てきたんだ」


 成程確かに、小さな穴がある。クレアは躊躇せず、穴に体を突っ込んだ。


「大したもんね、これだけの穴を掘るなんて。よし、さっさと入るわ……ふぎゅ!」


「……クレア、詰まったの?」


 ルビーの声に、クレアは慌てた調子で返す。


「お、おかしいわね、いくらあたしがダイナマイトボディだからって、これくらいの穴は簡単に通り抜けられるのに……ちょ、ちょっと! 誰よ、あたしを押してるのは!?」


「三人で押してるよー、じゃないと入れないもん!」


「待って、ちょ、んぎゅ、痛い痛い、内臓飛び出るんぎゃっ!」


 半ば乱暴な手段で、ようやくクレアの体は穴を通り抜けた。彼女ですら通るのに難儀したのだから、屈強なルビーではもっと難しいだろう。


「いだだ……あたしですら詰まったんだから、ルビーなんて余計に入れないんじゃ……」


「グガアアアアァァッ!」


 そう思う彼女の耳に、凄まじい鳴き声と、土を削る音が聞こえてきた。

 一瞬で、穴はクレアが通った時よりもずっと広がった。呆然と彼女が眺めていると、ルビーと、エルフの子供達が流れるように入ってきたが、同時に穴は崩れ去ってしまった。


「どやーっ! ルビー、入れたよ! 皆も入れたよ!」


「……無理矢理穴を広げたってわけね、分かった。それにしても」


 黒い籠手のついた腕を鳴らすルビーに感心しながら、クレアは振り向いた。


「酷い有様ね、これは」


 そこは正しく、監獄だった。

 二人がいるそこは、二十人近いエルフの子供達が押し込められた檻だった。彼女達は一様に、いきなり現れた人間に怯えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る