第41話 諦観
「……姫、知っていたのですか。奴隷として子供達が売られていると、約束が破られると知っていて、このような仕打ちを!」
シャスティは叫んだ。叫ばずにはいられなかった。自分が捕らわれの身であるなどすっかり忘れて、隊員達が顔を顰めたのも構わず、彼女は姫に向かって吼えた。
一方で、ベルフィは罵倒も、雑言も甘んじて受け入れるように、鎖を鳴らしながら二人の方を向いた。日光を背に受けて、白い肌の傷がずっと目立って見えた。
「これが最善なのです。翡翠は売られ、子供達は奴隷となり、里は飼い殺しとなる……それでも、滅びゆくよりはきっと良いと思ったから、わたくしはここに来たのです。少なくとも、エルフが皆いなくなることはありません」
「翡翠が、翡翠がなくなれば子孫が絶えます! いずれ終わるのです!」
「遅かれ早かれ、こうなるのです。聖伐隊には敵いません」
彼女は、奴隷になった時点で諦めていた。
たとえ奇跡が起きようとも、聖伐隊には勝てない。戦ったところで、滅ぼされるのは目に見えている。ならば、里を治める者として、里を継続させるにはどうすれば良いか。
考えて、ベルフィは決断した。例え子供達が奴隷にされようとも、翡翠を売り飛ばされようとも、残されたエルフが住まう環境を維持し続ける。傲慢ともいえる選択をした彼女は、諦めと失望の選択であるとも知っていたのだ。
シャスティから目を逸らした姫の姿が、エルフの勇士には耐えられなかった。自分の首が剣で刎ねられる恐怖も忘れ、ただ、ただ思いのたけをぶつけた。
「――今一度、エルフの矜持を、誇りを思い出してください、姫! 私はあの時、奴隷となる道を選んだ姫を止めるべきだったのです! 力を奮わせ、命を滾らせ、最期の一人まで戦って、死ぬべきだったのです!」
「そんなことを言わないで、シャスティ。滅びよりは、僅かでも生き延びる道を……」
「奴婢となってまで、誰が生き延びたいと! 我々は今、生き延びているのではありません! 生かされているのです、戯れ程度に! 飽きれば捨てられる程度の命として!」
正しく、シャスティは勇士だった。戦いによる死という選択肢を選ぶ、兵だった。
「姫、今一度私に命令をください! 戦えと、戦って死ねと……うぐぁッ!」
ベルフィを説得しようとするシャスティだったが、彼女は再び体を押さえつけられた。彼女よりずっと体の大きな隊員に組み敷かれ、力による抵抗ができない。
「シャスティ!」
「喋り過ぎだぞ、エルフ。少し黙っていろ」
ハーミスが声を上げ、隊員が剣を頬に当てても、まだ彼女は叫び続けた。
「う、ぐ……姫、聖伐隊に勝つ希望はあります! この隣にいる男は、救世主です!」
今度は自分が話題に出されて、ハーミスは目を丸くした。二人してうつぶせになった、間抜けな格好だというのに、シャスティの言葉はまだ止まらないのだ。
「聖伐隊の圧制からドラゴンを救い出し、幹部の一人を倒し、私を決闘で打ち負かした剛の者です! 私はこの男に希望を見出したからこそ、ここに来たのです!」
「買い被ってんなあ、相変わらず」
「ハーミス、貴様こそ何か言わないか! 希望ある言葉を……あ、あああ!」
右腕を捻られ、シャスティが呻く。
「黙れと言ったのが聞こえないのか、腕をへし折るぞ!」
隊員達も、相当気が立っている。
ここでハーミスが、同じように勢いだけで説得しようとすれば、バントを呼ばれたり、直接攻撃を受けたりする可能性もある。だから彼は、ベルフィに静かに聞いた。
「……お姫さん、諦めてるか?」
ベルフィは頷いた。
「人間さん、諦めることが何よりも大事な時もあるのです。長の一人娘として、わたくしはここでどんな痛みにも、拷問にも耐えます。それしかできないのです」
「かもな。でも、俺はそうは思っちゃいないぜ」
誰もが諦めるような状況だとしても、ハーミスの顔は余裕に満ちていた。顔を上げたベルフィの目から見ても、彼の顔には失意や諦観はなかったのだ。
「……どういう、意味ですか?」
顎を床に当てながらも、ハーミスは笑っていた。そして、その場にいる全員に言った。
「熱血エルフが騒いでるせいで、聞こえにくかっただろ? お前らも、よーく聞いてみろ。外から何かがやって来る音みたいだって、そう思わねえか?」
言われてみれば、確かに。がたがたと、部屋が、家具が揺れているような気がする。
凄まじい音はしない。とんでもない轟音もない。ただ、その前触れのような。
「やってくる……何が、ですか?」
「さあな。でも、誰が先導してるのかは分かるぜ。それとお前ら、覚悟しとけよ」
彼らの顔を一切見ずに、ハーミスはバントの笑顔以上に、悪い笑顔を作った。
「これが俺達の――反撃の狼煙だ」
ハーミスの言葉の意味。その真意と、反撃の狼煙が上がるまでの経緯。
それを語る為に、時間を少し遡る必要があった。
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