第36話 変装
聖伐隊が二人、ハーミス達が入ったところと同じところから突入してきた。二人ならば即座に始末できるが、数が増えることを考えると、もう少し現場から距離を取らねば。
高い壁で挟まれた路地裏を走りながら、クレアはシャスティに怒鳴った。
「よくもやってくれたわね、この脳筋エルフ! まだ聖伐隊に睨まれてるくらいで済んだのに、あたし達、もうロアンナでお尋ね者確定よ!」
アホ毛と胸を揺らして走るクレアの言葉に、平坦なシャスティは怒鳴り返す始末。
「同胞があんな目に遭っているのに、黙っていられる方が異常だ!」
「二人とも、喧嘩すんなよ! あそこの曲がり角で追手を仕留めるぞ、予定通りにな! ついでにこれとこれを買っておいて……よし、注文!」
二人の言い争いに耐え兼ねた様子のハーミスは、双方をたしなめながら、
そんな彼らを追いかけてくる聖伐隊もまた、角を曲がった。そこには山積みの木箱と、ハーミスとクレア、そして彼が注文した商品を持ってきたキャリアーがいた。
「動くな、聖伐隊に仇名す逆賊め!」
聖伐隊のうち一人が剣を抜くが、ハーミスもクレアも動じない。キャリアーもまた、聖伐隊を一瞥もせず、ハーミスに頭を下げ、バイクに乗って去っていった。
「またのご利用をお待ちしております」
彼女が黒い渦の中に呑み込まれていくのを見送ってから、ハーミスは隊員達に言った。
「逆賊とは酷い言われようだな。動くなって言われても動かないさ」
「さっきの女は誰だ! 残りの二人はどこに行った、答えろ!」
じりじりと距離を詰めてきた二人だが、それは悪手だ。
「そう慌てるなよ、教えてやるからさ……お前らの真横だよ、やっちまえ!」
何故なら、道の端に転がった木箱の裏から、ルビーとシャスティが飛び出したからだ。
シャスティは隊員の頭を掴み、思い切り捻って殺した。ルビーは鱗の生えた腕で乱暴に隊員の頭を掴み、片手で容易く三回捻って殺した。
「えぎッ」「ぎゅごえッ」
小動物が潰されたような声を上げ、血の一つも流さずに隊員は死んだ。その亡骸に近づきながら、ハーミスは両手を叩き、二人の華麗な暗殺術を褒めた。
「御見事。血で汚れたら、服が使い物にならねえからな」
「ルビー、こういうの得意! 人間の頭を捻るの、とっても簡単だよ!」
「さらっとおっそろしいこと言うわね、このドラゴン娘……って、ぼさっとしてる場合じゃないわね! こいつらの服をかっぱらうわよ、急いで脱がして!」
「ああ、聖伐隊の追手が来る前にな」
ガッツポーズをするルビーを褒めつつも、ハーミス達は隊員の服を脱がし始めた。勿論卑猥な目的があるのでもないし、ましてや隊員の体に用があるわけではない。この服そのものに、用があるのだ。
ボタンを外し、上着を脱がせながら、シャスティが前髪の奥の目を潤ませて言った。
「……子供達は、逃げ切れただろうか」
「相当な騒ぎになってたし、どうにか逃げきれたと信じるしかないだろ。二人を追って本命を捨てるわけにはいかないからな。割り切れないなら……」
「いや、大丈夫だ。二度とこんなことはしない」
彼女とて、自分が全く間違っていないとは思っていない。問題なのは、作戦を乱してまで放った矢が、果たして少女達を救えたか、なのだ。
ハーミスの返答を聞き、クレアには見せない表情にいつもの冷静な顔つきを被せながら、二人はマントと服を脱ぎ、代わりに聖伐隊の服を着こんでいく。一瞬だが、シャスティが下着を履いていないのに気付き、彼は努めて目を逸らしながら着替えた。
何かを見たのか、と訝しむ三人の視線を何とか流しながら、ハーミスが二つの死体を近くの木箱の後ろに隠して、ポーチに服を仕舞い、ようやく作戦の第一段階は完了した。
「よし、後はこいつらをこの辺りに隠して、と……これで俺達二人は聖伐隊だ」
即ち、聖伐隊の服を着て、隊員として潜入する作戦だ。
シャスティは長い耳を髪で隠し、ハーミスは髪の分け目を変え、努めて自分とは分からないようにしてみたが、見慣れた相手ならばれてしまうかもしれない。
「どう、聖伐隊の隊員になった気分は?」
「最悪だな」「反吐が出る」「でしょうね」
憎むべき組織の隊員になったことで渋い顔をしながら、ハーミスが言った。
「そんじゃ、計画通り俺とシャスティが聖伐隊をぶちのめす担当で、お前達がその他担当だな。その前に渡しときたいもんがあるんだが……まだ、追手は来てないよな?」
「来てないみたい。何かくれるんなら何でも貰うから、ほら、さっさとして」
「まずはクレア、これは『射出装置内蔵型刺突籠手』だ。それ一つでナイフとナイフ付きロープの射出の二つが使える。右手を出してくれ」
手を突き出したクレアに、ハーミスはポーチから黒い鉄製らしい籠手を取り出すと、それを右手に重ねた。すると、それは勝手にクレアの手にベルトを巻き付け、固定された。
「え、何を……きゃっ、ちょ、何これ!? 腕にくっついたんだけど!?」
「右のボタンがナイフだ、試してみろ」
「ボタンがナイフって、どういう……ほんとだ、ナイフだ!」
クレアが言われた通りに緑色のボタンを押すと、手首の部分から甲に向かって、銀色の刃がせり出した。クレアの顔が映るほど綺麗で、鋭い刃だ
「左のボタンを押せば、それがロープ付きで飛んでいく。巻き取るにはもう一度同じボタンを押せ。いつもナイフを使ってたから、こういうのもどうかと思ってな」
「ん……ありがと」
礼を言い慣れていないクレアらしい、口を尖らせながらの礼を聞いたハーミスはにこりと笑うと、今度はルビーに、赤いラインの入った、黒く分厚い腕輪を二つ見せた。
「そんで、ルビーにはこれだ」
「わ、かっこいい!」
わくわくした様子の彼女の赤い腕に、ハーミスは腕輪を取りつける。持ち主の呼吸に抗するようにラインが明滅する腕輪を持ちながら、ハーミスは説明する。
「『魔導式腕力増強装置』だ。両掌を合わせてから力を入れれば、腕力を増幅してくれるらしい。ただし短時間で二度使うと、少しの間冷却で使えなくなるから、ここぞって時にな」
「うん、しっかり使いこなしてみせるよ! ハーミス、ありがとうねっ!」
髪のお団子を揺らし、ギザギザの歯を見せて笑うルビーと、まだ照れている様子のクレア。しかしハーミスには、最後に渡すものがある。
「どういたしまして。そんで、これが一番大事なもんだ。二人に使ってもらう――」
ポーチの中から取り出した最終兵器、それは。
「『光学迷彩外套』だ。ざっくり言うと、透明になれるマントだな」
透明と言いつつ、灰色のマントだった。
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