第28話 集落


 不明瞭な意識に、誰かの声が差し込んできた。


「――ミス、ハーミス! 起きなさいよ!」


 ゆっくり、ゆっくりと目を覚ましたハーミスには、この声が誰のものであるかは聞き覚えがあった。自分の顔を覗き込んでいる、クレアの声だ。

 どうしてクレアがこんなに喚いているのかと思いながら、ハーミスは体を起こした。クレア、ルビーもいる地面は土ではなく、硬い木々を連ねたもので、辺りも薄暗くなく、陽の光に照らされている。おまけに視界に飛び込んでくるのは木々だけではない。


「ん……あれ、俺……野宿を……」


「野宿じゃないわよ、見なさいよこの四方八方を囲んじゃってるクソ硬い木の檻! あたし達、捕まっちゃったの! しかもこの檻、ルビーでも壊せなかったのよ!」


 クレアの言う通り、ハーミス達は檻とも呼べる、組まれた木の中にいた。この程度は破壊できそうだとも思うが、ルビーがまだ外に出ていないので、相当硬いと推察できる。


「ごめんね、ハーミス。頑張って壊そうとしたんだけど、こんな硬い木、初めてで……」


「捕まったって、誰に……?」


 ようやく意識がはっきりしてきたハーミスに、外から誰かが声をかけた。


「――我々にだ、人間どもめ」


 振り返った先には、複数の人間らしい誰かがいた。

 人間らしい、と言ったのは、人間とは明らかに違うと思える部位があったからだ。金色の瞳と汚れが一つもないブロンド、人間よりも長くて尖った耳、整った容姿。

 背丈はハーミスと同じくらい。深い緑色のマントを羽織って、肌を見せないようにしているので分かりづらいが、地味な若草色のブラウスと、茶と青のツートンカラーのタータン柄ロングスカート、膝までの長さがある焦げ茶色のブーツを全員が着用している。

 特に先頭のエルフは、特徴的な髪型だ。右側だけ長くして目を隠し、後ろ髪は膝あたりまで伸ばしている。その右目が時折、髪の隙間からハーミス達を捉えた。

 こんな特徴を、つい最近聞いたような気がして、ハーミスは思わず呟いた。


「エルフ……!?」


「我々がエルフ以外の何に見える? 人型のドラゴンも一緒とは、山賊だ何だにしてはおかしな面子だが、まあいい。貴様達、この森に何の用があって入ってきた?」


 やはり、彼女達が野宿時に噂していた森の住人、エルフ族のようだ。つまり自分達は、エルフ達が住まう地域にうっかり侵入してしまい、捕まってしまったわけだ。

 先頭に立つ、気の強そうな顔つきのエルフが三人を睨むと、一人で納得するハーミスは別として、ルビーとクレアはそれぞれ違ったリアクションを見せた。


「グウルルゥ……!」


「ひいぃーっ! 待って待って、あたし達なんにも悪いことしてません! 伐採とかもしてません! 有り金全部差し出し、いや八割差し出しますから許してくださぁーいっ!」


 ルビーが唸り声をあげ、クレアがアホ毛をこれでもかと揺らしながらばたばたとひれ伏す。

 威嚇と命乞い、しかも後者の見苦しさに、エルフは顔を顰めた。


「喧しいぞ、そこの女! 全く、聖伐隊といい、山賊といい、魔物がいなくなったからと言って人間がどうしてこうものさばるのか……」


「……聖伐隊? あんた達、聖伐隊の襲撃にまだ遭ってないのか?」


 聖伐隊の名を聞いたハーミスが口を開くのと、エルフが背負っていた鉈のような剣を、檻の外から突き付けるのは、ほぼ同時だった。彼女は、何故か怒っているようだった。

 よく見ると、全員が鉈と矢筒、弓を背負っている。迂闊な言葉は、死を招くだろう。


「口を慎め、人間。生殺与奪の権利は我々が握っているのだと気づいていないのか」


「そ、そうよハーミス! 余計なこと言うんじゃないわよ、沈黙は金よ!」


「一番うるさいの、クレアだよ……」


 呆れるルビーと喚くクレアの横で、ハーミスは両手を少し上げ、試すように言った。


「気を悪くしたなら謝る。けど、俺達はその聖伐隊に見つからないようにして、獣人街に行く為に森を通ったんだ。俺達は聖伐隊の敵だからな」


「聖伐隊の敵、だと? そこのドラゴンはともかく、貴様達は人間だろう?」


「人間なんだが、事情があってな。このドラゴン、ルビーを守って聖伐隊と戦った。そこで幹部と隊員を皆殺しにして、聖女様から追われてるって、そんだけだ」


 ハーミスの言葉で、エルフ達がざわついた。


「まさか、『選ばれし者達』を……?」「あの聖伐隊を皆殺しに……!?」


 『通販』で買った巨人のおかげでハーミスは圧勝したが、本来聖伐隊とその幹部はかなりの強さを誇るらしい。エルフ達が口々に何かを話しているのを見て、彼は察した。

 ただ、先頭のエルフだけは、疑いの視線を未だ残していた。


「……本当か? 人間でありながら、聖伐隊に反逆していると?」


 彼女の問いに、ハーミスは嘘偽りない自分の意志と共に、視線で返した。


「聖女含めて全員を地獄に叩き落とすまで、とことんやるつもりだ。俺の生きがいだよ」


 仮にエルフ達が何かしらの被害を受けているとして、ハーミスの憎悪はそれに勝るだろう。自分を殺され、村長を殺された憎しみと憤怒だけは、誰にも負けると思っていない。

 その顔を横で見たクレアは、少しぞっとした。

 彼がかつてどんな人間であったかは知らないし、蘇ってからしか付き合いはない。それでも、人間性の話をするのであれば、彼は紛れもなく善人で、人助けに精を出すタイプだ。

 だが、聖伐隊を相手とした時、彼は確実に狂っている。何もかも全てを捨てた――人間性すら放棄した憎悪だけを糧に動いているように、時折見えるのだ。

 それは復讐者というよりも、怪物のようだと、クレアは思っていた。

 たっぷり五秒ほどハーミスと睨み合ったエルフは、少し鼻を鳴らして言った。


「……いいだろう。出してやれ」


 諦めた調子でそう言った彼女の決断に、周りのエルフは一様に驚いた。


「シャスティ!?」「いいの、森に入ってきた人間なのに!?」


「こいつの目は嘘をついていない、我ら以上に聖伐隊を憎んでいる。信用する気はないが……荷物ならそこに置いてある、どこにでも行くがいい。それと、ハーミスと言ったな」


 がちゃり、と鍵が外れる音がした。

 後ろのエルフ達に檻の戸を開けてもらい、外に出られたハーミスは気づいた。


「さっき聖伐隊の襲撃に、と言ったな。もう遭っている。屈辱的な、侮辱的な被害にな」


 過去を振り返りながら話す彼女の目が、怒りに燃えているのに。

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