エルフ

第27話 野宿


 ハーミス達がジュエイル村を去って、一日が経とうとしていた。

 三人がいるのは、すっかり暗くなった夜の闇と、鬱蒼と茂る木々に囲まれた、とある森林地帯。どこもかしこも真っ暗だが、当然と言えば当然か、魔物の気配はない。

 そんな中でも、ぼんやりと明るい灯がともるところがあった。やや開けた広場のような場所で、火にかけられた鍋を囲むのは、折り畳み式の椅子に座るハーミス、クレア、ルビー。三人が手をぱん、と合わせると、ハーミスが掛け声のように言った。


「そんじゃ、いただきます」「「いただきまーす」」


 そうして、ジュエイル村の食前の儀式を済ませた三人は、各々鍋の中身――肉と野菜がごろごろ入ったスープを手元の器によそうと、掻っ込むように食べ始めた。

 ハーミスが駆った野生動物の柔らかな肉。ルビーの鼻を頼りに見つけた野菜。そしてクレアがてきとうに味付けしたスープは、特にルビーの舌と胃を鷲掴みにしたようで、彼女は長い舌でぺろり、と口元を拭い、思わず顔を綻ばせた。


「おいしーい! ハーミスの料理、すっごく美味しいよ!」


「いやー、行く当て知らずの旅が始まって、一時は不安だったけど、こんな優雅な野宿ができるなんて思ってもみなかったわね。これも『通販』様様ってとこかしら?」


「それにすっごくふかふかのおくるみ、虫の入ってこない寝床もすごいね、ハーミス!」


 舌鼓を打つ二人の視線の先には、三人が入ってもまだ余裕があるほどの、三角形の野営施設。大きく開いた入り口からは、蓑虫の蓑のような布製の寝袋。


「うん、この『テント付サバイバルキット』のおかげだな。焚火装置に自炊機能の付いた調理鍋と完全防水防塵防虫空調付テント、寝袋が人数分。おまけに椅子までついてきて、収納はこの四次元インベントリポーチに突っ込むだけ。良い買い物だな」


 鍋もテントも、寝袋も全て、ハーミスが『通販』オーダーで購入したものだ。

 相当大きなものだが、ハーミスが腰に巻いたポーチを開くと、中はまるで別の世界と繋がっているかのようだった。どうやら四次元の名の通り、何でも入るし、何でも仕舞えるようだ。ハーミスが背負っていない弓と矢筒も、きっとこの中だろう。


「確かに、二千ウルの価値はあったわね。けどまあ、これ以上の買い物は控えないとね。というか、どこかで金策もしないと、六千ウルじゃ通販の恩恵も得られないわよ」


 財布の中身を憂いながら、クレアは器を置き、火の周りで地図を広げた。


「さて、夕飯を取りながらで悪いけど、改めて獣人街までの道を確認するわね」


 クレアは背嚢から地図を取り出し、森から遠く離れた場所を指差した。

「獣人街の場所なら、あたしも知ってる。あたし達が出発したジュエイル村はここで、現在地がここ……まだ三割も進んでないけど、仕方ないわね」


 中指三つ分くらいは距離のある道のりを見て、ハーミスが言った。


「やっぱり、平原を突っ切った方が良かったか?」


「いや、森を抜けるって言った、あんたの判断は大正解よ。平原を進めばロアンナって街にぶち当たっちゃうのよ。聖伐隊の駐屯所があるかもしれないし、スヴェンテ森林地帯を抜けた方がまだ安全だわ。まあ、エルフの連中に見つからなければ、だけど」


「エルフ……?」


 エルフと聞いて首を傾げるルビーだったが、ハーミスとクレアは知っている。

 主に森に住まう亜人の一族、その総称。人間よりも長寿で耳が長く、誰もが容姿端麗で、弓の達人。しかし気位が高く、人間や魔物とはあまり関りを持ちたがらないと、ハーミスは村長から聞いたことがある。


「森に住む耳長の亜人よ、それくらいは知ってんでしょ? 聖伐隊が里を襲撃したとかなんとか言ってるけど、あたしの見解じゃあまだ殲滅は出来てないわね」


「どうしてそう思うの、クレア?」


「魔物と亜人じゃあ、相手にする面倒臭さは圧倒的に後者が上よ。しかも、連中は森への侵入者を徹底的に嫌うわ。そう簡単にはやれないわよ」


 サバイバルキットに付属する特殊燃料を、火が燃やす音を聞きながら、ハーミスはふと気づいた。森への侵入者を嫌うエルフの森に、自分達は当たり前のように入っている。

 ジュエイル村を出発した時のテンションのまま、森に入ってしまっていた。だが、よくよく考えれば相当危険な行いをしているのではと、ハーミスは思ったのだ。


「……あー、今更だけどさ、もしもここがエルフの縄張りだったら、マズいか?」


「そりゃまあ、相当マズいわよ。でも、まだ攻撃も受けてないし、きっと――」


 楽観的なクレアがそう言った時、ころん、と何かが三人の足元に落ちてきた。


「――ころん?」


 木の葉で包まれた、丸い球。内側からは、微かに桃色の煙を放っている。

 もしかすると、ジュエイル村での戦いから間もないので、少し疲れていたのかもしれない。三人は逃げもしなかったし、そこから離れもしなかった。それはまずかった。


「おい、これって……けむり……」


 真っ先に危険だと気づいたハーミスだったが、炸裂したかのように拡散した煙を鼻腔に入れてしまうと、たちまち抵抗する力を失い、力なく倒れ込んでしまった。


「……ぐー……」「すー……すー……」


 クレアとルビーも同様だった。中身の入った器を落とし、椅子から転げ落ちた三人の様子を見計らって、木々の上から何者かが、音も立てずに彼らの傍に下りてきた。


「――眠っているな。よし、連れて行け。明日の朝には尋問する」


 複数の金色の髪と瞳、長い耳が、月明かりと火に照らされていた。

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