第20話 解放


 すっかり陽が落ち、夜になった。

 ハーミスとルビーは、白い鉄で作られた牢の中に閉じ込められていた。てきとうに組み上げた立方体の柵にしか見えないが、何かしらの魔法がかけられているのか、ハーミスが一度タックルをしてみたが、びくともしない。

 ならば、とルビーの枷を外し、ドラゴンの力に頼ろうとしたが、彼女を制御する枷はもっと堅牢なようで、彼女がどれほど力を入れても、それこそひびも入らない。


「ルビー、どうだ? 解けそうか?」


「グル、ウゥ……」


「そうか。どうにかして、先ずはこの牢から逃げ出さねえと……」


 項垂れるルビーを見つめ、ハーミスが作戦を練っていると、牢が乱暴に蹴られた。


「おい、喋るな、クズ共! 殴られたいのか!」


 聖伐隊の監視員だ。剣を既に抜いた男女が二名、じろじろとハーミス達を牢の外から睨んでいる。人数の少なさは、きっと彼らが抵抗できないことに所以する油断だろう。

 だが、残りの面子を村の捜索と焼却の準備に充てるのは正解だった。二人は何の抵抗もできないし、ちょっと離れたところに複数人の小さな白い影は見えるが、しっかりとした監視はこれくらいで十分だ。


「ちぃ……」


 武器も没収され、木々の下に置かれたまま。どうにも好機が見つからず、ハーミスが牢の中央でただ時間を無為に過ごしていた、その時だった。


「――ぐえッ!?」


 突然、見張りをしていた男性が草むらに引き込まれた。


「ど、どうした! どこに行ったんだ……うわッ!」


 次いで、今度は女の方が木と木の間から延びた腕に引き込まれた。ハーミスとルビーが驚く中、少しばかりくぐもった声が聞こえたが、直ぐに静かになった。


「どうなってるんだ、見張りが急に……?」


 すっかり静かになった牢の周りを裂くように、暗がりから何かが出てきた。


「――クレア!?」


 右手にナイフを、左手に見張りが提げていた鍵を持ったクレアが、姿を現したのだ。

 目を丸くする二人を見ずに、クレアは慣れた手つきで鍵を探し、牢の入り口に当てた。


「静かにしてて、見張りがまだ近くにいるかもしれないから。牢の鍵はっと……よし、開いた。次はあんた達の枷と轡の鍵は……あった」


 そして、あっさりと牢を開くと、中に入った。それから、まるでどれが何の鍵かを完全に把握しているように、複数の鍵から三つを選ぶと、二人の拘束を全て解いてしまった。

 両手足、翼、轡が解放されたルビーが、クレアを見たのに、彼女も気づいた。


「ふう、これであんた達は自由の身よ。さっさとここから逃げっぐうぅ!?」


 ただ、激昂した様子のルビーが彼女にのしかかり、抑えつけるところまでは想像していなかったようだが。怒りで目を爛々と輝かせ、ルビーは吼える。


「お前、ルビー達を裏切ったな! よくも一人で逃げ出したな!」


 周りの聖伐隊が戻ってくる可能性など考慮せず、クレアも怒った調子で言い返す。


「あんた達が無謀な行動を取ったからでしょうが、命知らずにもほどがあんのよ! 大体、牢の中で喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょ! さっさと村長達も助けに行かないと、どこに捕らわれてるのよ、あいつらは!?」


 悪気なしにクレアが問うと、ルビーは手の力を抜いた。現実をもう一度思い出し、悲しみが去来したかのように、ルビーはクレアから離れて立ち上がった。

 息を荒くしながら、同じく立ち上がるクレアと目を合わせず、ハーミスが言った。


「捕らわれちゃいねえよ。もう、死んだ」


 今度こそ、クレアの顔に後悔が広がった。


「お前が俺の金を持って逃げてから、俺達は捕まった。武器を買えなかったんだ。目の前で見せしめとして首を刎ねられた……だから、村の生き残りは、俺とルビーだけだ」


「……理屈は分からないけど、あたしがあんたの金を取らなきゃ、村人は救えたってこと……?」


 ハーミスは頷いた。人のせいにしたくはなかったが、谷で見せてくれた『通販』オーダーが使えれば誰かを助けられたかもしれないと思うと、情けないが、頷いてしまった。

 クレアもまた、じわじわと体中に広まる悲しみと痛みに、喉を締め付けられた。


「……ごめん。本当に、ごめんなさい」


 彼女は俯きこそしなかったが、目に涙を溜めていた。嘘泣きだと、本心はどうだと言われようとも、これがクレアの、今の心からの気持ちだった。

 自分のせいで、と思うと、胸を杭で打たれる気持ちだった。金だ、なんだしか頭になかった自分を責めながら、クレアはそれでも、自分の償いを告げた。


「ここから逃げきったら、どんな罰でも受ける。お金なんか返さなくていい。危険なことだってやる! だから今は、とにかく逃げることだけを考えないと!」


 ハーミスは、彼女を責めなかった。そんな時間がないのも、ルビーのつぶらな瞳が許しているように見えたのもそうだが、クレアの存在が、反撃の起点になるからだ。


「いいや、もう逃げない。クレア、お前がいれば、逃げる必要がない」


「どういうこと?」


「――ここで、連中を倒す」

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