第19話 良心


「――ガアアアアアァァァァッ! アガアアァァ――ッ!」


 轡を噛み千切らんばかりの、それでも外れない拘束への憎悪を込めた、ルビーの絶叫が轟いた。流石の聖伐隊達も慄くほどの声でも、ユーゴーはまるで動じなかった。

 転がる首を目の当たりに、怒りに打ち震えるルビーの隣で、ハーミスもまた、あまりの外道ぶりに唇を噛んだ。そして、流した血と共に叫んだ。


「それでも……それでも人間かよ! 『選ばれし者』だか何だか知らねえが、こんなもん、ただのカルト宗教だ! お前は、生まれ故郷に何でここまでできるんだよ!?」


「決まってんだろ、聖女ローラの言葉は絶対だ」


 事も無げに首と胴体を部下に処分させながら、ユーゴーは答えた。


「聖伐隊の偉大な使命の前じゃあ、他のあらゆる要素は無意味で些細だ。魔物は全て殺す、抵抗する人間は殺す、邪魔なら村も、街も、国だって亡ぼす。この世に降臨した聖女の素晴らしい救世計画だぜ? 従わない方がどうかしてるんだよ」


「……本音を言えよ。お前が偉大な使命なんかの為に動くはずねえだろ」


 そんなはずがないと、ハーミスは知っていた。

 ユーゴーのような男に、高尚な目的などないと。暴力と愉悦だけの為に生きる男の口から出てきた救世など、言い訳に過ぎないと、ハーミスは勘付いていた。

 そしてそれは、まさしく正解だった。


「――楽しいからに決まってんだろ! 他の幹部連中は知らねえがな、聖伐隊に参加してる奴の半分がそう言うぜ! 俺の場合は、実績を上げりゃあローラがキスしてくれるってのもあるけどな、ガハハッ!」


 魔物が邪悪など、醜悪など、人間の偏見でしかないと、ハーミスは確信した。ここにいて、ユーゴーの言葉に遺憾の意を誰も示さない時点で、聖伐隊の本性が知れた。

 誰も彼も、魔物を狩りたいのだ。憎しみからか、快楽からか。もしかすると本当に世を救うと信じている者もいるかもしれないが、少なくとも、にやにやとハーミス達を見下す者しかいないここには、そんな聖人はいない。

 聖とは名ばかりの、絶対的邪悪を前に、ハーミスは過去の己を恥じるばかりだった。こうなると知っていれば、きっと、もっと正しい物事への判断ができたはずなのに、と。


「……情けねえよ。お前らみたいなのを、仲間だと思ってた俺がな」


「そりゃあ、こっちのセリフだ。てめぇみたいな弱虫の無能が、俺達と同世代なんてな」


 最早、ハーミスとユーゴーの間に、かつての関係はなかった。フェアな状況であれば――そうでなくとも殺し合う、憎しみでしかこの二人は繋がっていない。


「おい、こいつらを村はずれの仮設牢に閉じ込めとけ。洞窟を調査した後、村を焼き払う準備をする。終わり次第、レギンリオルの聖伐隊本部に連れて行くぞ」


 今のところは優勢である聖騎士が命令すると、隊員は右手を高く天に掲げて言った。


「「了解しました、ユーゴー様ッ!」」


 そして、悠々と去っていくユーゴーの代わりに、彼らはハーミスとルビーを拘束したまま、乱暴に置きあがらせた。そして乱暴に手や頭を掴まれ、二人は連れて行かれる。


「おい、こっちに来い! 抵抗するなよ!」


「……ウウゥ、グルゥ……」


「大丈夫だ、ルビー。どうにかしてみせる……どうにか……」


 ルビーを慰めるようにそうは言ったものの、村を焼き、移動が始まるまで時間はないはず。きっと夜の間に村は焼かれ、朝には一行がレギンリオルへ出発する。

 手詰まりに歯噛みするハーミスを他所に、陽は落ち、辺りを闇が覆っていった。


 ◇◇◇◇◇◇


 その頃、村から少し離れた森の中で、クレアはようやく一息ついていた。


「……ふぅ、ここまで来れば、聖伐隊も追ってこないわね」


 ハーミスを見捨てた彼女は、必死に遠くまで走ってきた。森の中で他の誰かに運よく遭遇しなかった彼女は、村の騒ぎ声などちっとも聞こえないところまで来ていたのだ。


「それにしても、ハーミス達ってば、マジで無謀もいいところよね! 聖伐隊に逆らって勝てるはずがないのに、あたしまで巻き込んでんじゃないわよ!」


 額の汗を拭い、それからにやついて、パーカーのポケットからくしゃくしゃの札束を取り出した。紛れもなくハーミスから盗んだ金で、彼女にとっては自分のもの。

 あんな命知らずの愚か者の下にあるくらいなら、自分が有効活用してやった方が良い。


「まあ、あたしの為にお金を盗ませてくれたのはありがたいけど。八万ウルもポケットに突っ込んでて……不用心ったらありゃしない、見ず知らずの他人を信じちゃって! お人好しが過ぎるのよ……」


 そう、自分を勝手に信用し、勝手に助けた男など。


「……何の得もないのに、あたしを助けて……信用して、作戦まで立てて……」


 感情に流されるな、罪悪感に呑まれるなと思えば思うほど、ハーミスの顔が浮かぶ。

 今の自分と違い、損得勘定であの男が動いたか。自分が真逆の立場だとして、もし彼がクレアの危機に直面したら、金を盗んで逃げ出しただろうか。


「いや、あたしは違うわよ、あいつらみたいなバカじゃない! あたしは、あたしは沈着冷静、直感スキルでいつでも勝ち馬に乗る美少女盗賊よ…………でも……」


 もう、分かっている。自分が正義の味方でないとしても、何をすべきかなど。


「ああ、もう! こんなの、今回で最後なんだからーっ!」


 己の理に反した行為に心底呆れながら、クレアは踵を返し、村へと走り出した。

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