第5話 通販


「……じゃあその、スキルについて説明してくれ。俺に分かるように」


「畏まりました。ではまず、スキル『通販』オーダーについてご説明させていただきます」


 キャリアーと名乗る女性の説明は、静かだが、はっきりとした声で行われた。


「スキル『通販』は、お客様の右腕に巻かれた専用の装備『注文器』ショップを使って、第四次元『ラーク・ティーン』から文字通り商品を購入するスキルでございます。支払方法は現金および、代金と同等の価値があるものでのみ可能ですが、ツケ購入はできません」


「あー……つまり、店から買い物をする感じか? その店と相手が、このよく分からねえ道具と、『ラーク・ティーン』ってのになったってだけで?」


「その通りです」


 流れるような説明だったが、簡潔に話してくれたおかげか、ハーミスにはおおよそ理解できた。ブレスレットのように前腕に巻かれた道具が、商店や店員、その他諸々の機能を持っているのだ。

 とても信じられないが、信じられないこと尽くめだ。信じるほかない。


「購入後、速やかに支払いに充てられたものは消失します。支払いに使えるのは、お客様が所有していると、個人および他人が認識している状態のものに限られます」


「人から借りた金は使えるのか?」


「可能ですが、お客様の手に一度渡る必要があります。お客様以外の方が『注文器』を使うことも、商品を購入することもできませんが、購入した商品を使うことは可能です。注文されました商品は次元標準時間五秒以内に、私が配送いたします」


「……あんたが?」


「はい、迅速且つ確実に配送を行います。ご安心ください」


 ここに来て、ようやくハーミスは察した。彼女の後ろにある奇妙な乗り物らしい何かは、やはり乗り物だ。キャリアーがあれを動かして、注文した商品をどこからか持ってきてくれるのだろう。


「続きまして、購入可能な商品について説明させていただきます。『注文器』を起動する為に、中央部分に軽く触れてください」


 言われるがままハーミスが『注文器』の光る中心部分を押すと、一層強い光を放った。


「うお、光った! しかも本みたいなのも出てきた!」


 それだけでなく、まるでステータスを表示する時のように、淡い水色の、正方形の本のようなものが表示された。薄い本のようで、色々と文字が書かれていて、おまけに絵も表示されているが、何もかもが見た記憶も経験もないものばかり。

 予測だが、これらが購入できる商品なのだろう。


「『注文器』はあらゆる衝撃に耐え、完全防水防火防塵機能を有しています。また、無限稼動機関を内蔵しておりますので、エネルギー切れを起こすことはございません」


「むげ……えね……いや、説明を続けてくれ」


 無限とか、エネルギーとかが気になったが、きっと聞いたところで理解できない。


「では、説明を続けます。購入可能な商品は『アイテム』と『ライセンス』の二つの種類、更に購入方法として『指定購入』と『おまかせ購入』に分けられます」


 どのみち、説明について行くのがやっとで、余計な単語の紹介は無意味である。まずは、もらったスキルについて理解しないといけないのだから。


「『アイテム』は様々な別次元の物資を、『ライセンス』は職業のスキルやステータスを一時的に獲得できるカード状のライセンスを購入できます。ライセンスは一度使うと消滅します。有効期限は一日です」


「『ライセンス』って……そんな簡単に職業の恩恵が受けられるのか!?」


「可能でございます。一日に限りますが」


 そう聞くと、なんだかまともに天啓を受けに行ったのが馬鹿馬鹿しく思える。


「続いて購入方法ですが、カタログ内から自分で商品を指定して購入する『指定購入』と、予算と状況を確認し、私が購入する商品を決定する『おまかせ購入』がございます」


 カタログ。聞き慣れない言葉だが、機能に関係ある以上、これは聞いておかなければ。


「カタログってと?」


「『注文器』に表示されている部分でございます。我々はホログラムと呼称しておりますが、本のページとお思いください。指でなぞれば、別のページが表示されます」


 こんな本など、きっと世界中を探し回っても見つからないだろう。

 ステータスのように浮遊するカタログとやらを眺めていると、キャリアーの説明が全て終わったのか、今度は違う趣旨の話を始めた。


「今回、初回加入特典といたしまして、五百ウルの商品までは無料で一点、購入可能でございます。どうぞご活用くださいませ」


 どうやら、一つだけ商品を購入できるようだ。

 意味不明な文言を並べておきながら、通貨はウルでいいのか、とハーミスは思った。ちなみにウルとは、彼らが日常的に使う、大陸内でも普遍的な貨幣・紙幣だ。五百ウルといえば、金貨一枚。大人が一日働いて貰う金額は、約千五百ウル。

 無料なのはありがたいが、こんな状況で何を買えばいいのか。


「ご活用くださいませ、っつっても……ルールは分かったけど、何が何だか……」


 あまりにも状況が特殊過ぎる。おまけにカタログをなぞってみても、たくさんの商品が並んではいるが、『大口径魔導機関砲』や『大陸間進撃用半重力発動装置』等、使用用途が意味不明なものが九割。

 こうなれば、よく知る者に物事を任せるのが一番だろう。


「……あのさ、この『おまかせ購入』っての、今できるのか?」


 キャリアーが頷いた。


「勿論でございます。予算と現在置かれた状況、目的を指定すれば即座に商品をご用意させていただきます」


「……そしたら、えーと……予算は五百ウル以内、状況は谷底に置いてけぼり……目的はだな、ここから出たい、ってとこだ。頼めるか?」


「畏まりました。では、こちらをご用意いたしました」


 誓っても良い。ハーミスはキャリアーを見ていて、瞬きはしなかった。

 なのに、キャリアーの前には、彼女の腕と同じくらい大きな『何か』が置かれていた。


「いたしました……って、早っ!? なんだよ、そのどでかいのは!?」


 ベルトが付いた、鈍色の筒が四つ。どう使うのか、どんな用途があるのかもさっぱりだ。これが果たして、ハーミスをこの谷底から助けてくれるのか。


「『加速式魔導飛行装置』でございます。今回限り私が装着の補助を行いますが、今後は使用法も瞬時にラーニングされますので、ご安心ください」


「いやいやいや、安心できねえって、ちょ、何を巻いてるんだよ、俺の体に!」


 ハーミスの話をまるで無視して、キャリアーはてきぱきと、彼の四肢に筒を巻いていく。ベルトでしっかりと固定されたそれを、ハーミスは引き剥がそうとするが、異様に強く巻かれていて、ちっとも離れない。

 両手、右足の順に巻かれ、最後に左足に設置した彼女は、筒の外装の一部を開いた。そして、中身を慣れた手つきで弄繰り回すと、その蓋をぱたん、と閉めて言った。


「地上までのナビゲーション完了。ラーニング完了。燃料が切れる際に警報が鳴りますのでご注意ください。では、またのご利用をお待ちしております」


 ぺこりと一礼したキャリアーに、ハーミスは全てを説明させようとした。


「だからちょっと、お前、説明がなさすぎるうううおおおおぉぉぉぉ――……!」


 だが、叶わなかった。

 次の瞬間、ハーミスの両手足に繋がれた筒の下部から炎が噴き出し、彼の体が凄まじい勢いで空に向かって飛んでいったからだ。

 人が走るより速く、鳥が飛ぶよりも速く。ずっと、ずっと、想像の付かない速さで。

 たちまちキャリアーの顔が見えなくなっていく中、彼の望みは叶おうとしていた。

 つまり、空を飛んで谷底を脱出するのだ――方法はともかく。

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