04 バロンの魔法 2

 


 ヴァロン、黒曜石の城。

 「ふあっ」とアズエルは大きな欠伸を一つした。


 「お兄様。眠たそうですね。」

 『‴――昨晩、島に侵入をしようとする不届きものがいまして‴』

 「まぁ。大変でしたね。その方々は?」

 『‴……丁重に、お帰り願いましたよ‴』

 それは、ある日の昼下がりの午後。城にある噴水の前で、アズエルとラティエルの兄妹が優雅にお茶会をしていた。アズエルは幾度となく眠たそうに欠伸をし、ラティエルはその様子を微笑ましそうに見つめる。


 そんな、2人の前には白い小さなテーブル。

 上にはケーキスタンドと白のティーカップが2つ。ハムとレタスのサンドイッチにスコーン。1口サイズのパウンドケーキ、選り取りの果物。

 ティーカップからは紅茶アールグレイの良い香り…


 なんとも穏やかで優雅な時間。


 「ほら、見てみなさい。私は頑張ったよ!」

 そんな優雅お茶会を壊すように、悠真が現れたのは2人が同時にティーカップに手を伸ばした時であった。


 白いテーブルに「どんっ」と音を立てて置かれた鉄のオーブン皿。何かと兄妹がのぞき込めば皿の中にはゴロゴロ野菜のグラタンが2つ。

 机の傍で鍋つかみをしたまま、悠真が自信満々に立っていた。


 「まぁ、お父様。お昼からキッチンに立てこもっていたと思えばお昼ご飯を作っていたのですね。とても美味しそうです。」

 グラタンを見てラティエルは素直に褒めてくれた。可愛らしく手を叩く、その姿はやはり愛らしい。悠真の表情がつい緩まる。


 「そうだよ。もっと褒めてくれたって良いんだからね」

 ラティエルの様子に調子に乗ったのか、悠真はえへん。と言わんばかりに胸を張る。自信作なのは間違いない。


 反対にアズエルが思い切り眉をしかめたわけだが。

 アズエルはコホンと咳払いをひとつ。悠真に向けて作り物の満面の笑み。


 『‴父上。誠に申し訳ありませんが、今は午後3時。食事は2時間も前にラティエルと外で済ませました‴』

 最もの意見である。

 悠真は気づいていないのだが、今は昼下がりの午後。もっと正確に言えば、ただいま午後3時20分。おやつの時間と呼ばれる時刻である。つまり昼食の時間は既にとっくに過ぎていた。


 その間、悠真はキッチンに閉じこもり、兄妹が声をかけても応えることも無く、中にすら入れてもらえず。仕方が無いので、2人は街で食事を取ってきたわけだ。

 ちなみに、悠真がキッチンに立てこもったのは午前10時。グラタンを作るのに5時間もかかるとは中々である。

 悠真は大きな1つ目を、さらに大きくする。


 「ええ!嘘だぁ。だって私がキッチンに入ったのは午前中だよ。嘘ついたらダメだよ。アズエル。」

 アズエルは嘘をついていない。


 『‴嘘なものですか。父上がキッチンを占領なさった挙句、中には入れてくれませんでしたので、昼食もこの食べ物も全て、外で揃えたものです‴』

 そのアズエルの容赦のない言葉に悠真は「うぐ」と言葉を噤む。助けを求めるようにラティエルを見た。


 「お父様……お父様に誓ってお兄様のおっしゃることは本当です」

 「ええ!――何その言い回し……」

 ただし天の助けは与えられなかった。

 つまりの所、悠真の努力は無駄に終わったわけだ。悠真が、ガクリと肩を落とすのは数秒後。


 ――せっかく上手くできたのに

 5時間もかけて作ったのだ、そう思ってしまうのは当然のことだろう。


 「お、お父様。ボク、お昼はケーキだけだったんです。お腹ペコペコで、もう…なんて素晴らしいタイミングでしょうか!」

 どうやら天は見放さなかったようだ。

 落ち込む悠真があまりに不憫だったのか、ラティエルが声を上げたのだ。妹のまさかの発言に隣でアズエルは「え?」と声を漏らしていたが。ラティエルは気にする様子もなくフォークを手に取ると"グラタン"を前にする。


 「ラティエルはいい子だね」

 悠真は嬉しそうに目を細めた。


 ――しめしめ、残るは一人…

 悠真は寂しげな表情を浮かべ、アズエルをちらり。


 「………アズエルはやっぱり要らないかい?」

 『!?』

 アズエルからすれば、卑怯の一言である。愛する父が自分たちのために作り、愛する妹が迷うことなく食べることを決めたのだ。息子として、兄として、選択肢が無い。

 アズエルは憎々しそうに、フォークを手に取った。


 2人は、恐る恐るとゆっくりとフォークでグラタンを掬う。

 とろけた山羊のチーズがホワイトソースと共に絡まり糸を引き、食欲引き立つコンソメの香り。ソースの下にはスライスオニオンに、香ばしく焼けた猪のベーコン。

 そして、その下にはバターで炒められ程よく焦げ目がついた、麦飯がキラキラと輝いていた。


 『‴なんです。これ‴』

 「?大麦…ですか?」


 2人からすれば、初めてみる食べ物である。

 「麦だよ。ご飯が無かったからね。昔の人の知恵を借りて代用してみました。『麦飯のホワイトドリア』です!」


 えっへん。と再び胸をはる悠真。

 ふたりの声が「ドリア?」とはもる。顔を見合わせ、麦飯をソースに絡めて、1口頬張った。

 顔を輝かせた2人を見れば、細かい感想は説明はいらないだろう。


 「美味しいです!お父様!」

 『‴不思議な食感です。麦とはパン以外にも活用できるんですね‴』

 「そうだろ?何度も失敗したんだから。当然だよ」

 美味しそうに食べ進める2人に、悠真は再び胸を張った。焦げた野菜炒めからすれば大きな前身である。


 『‴1ヶ月も経てば変わるものですね。あの時は酷かった……‴』

 「こないだのトロトロチーズオムレツも、とても美味しかったです!」

 「はは。今度はオムライスも作ってあげよう!!」

 若干、アズエルには貶されているのだが、気にする様子もなく悠真は美味しそうにドリアを頬張る2人を、和やかに見つめているのであった。



 『‴あ。そう言えば父上‴』

 「ん?何だいアズエル。」

 思い出したようにアズエルが口にしたのは丁度、彼がドリアを半分食べ終えた時だ。ナプキンで軽く口を拭いてから、アズエルは悠真に笑みを向ける。


 『準備、出来ましたよ。』

 「?何の話だい?」

 アズエルは準備が出来たと言う、しかし悠真にはその言葉の意味が分からない。


 ――何かアズエルに頼み事をしていただろうか。

 その様子にアズエルは小さくため息を付いた。


 『‴父上が魔法を使う準備です‴』

 暫くの間。

 悠真は「ああ」と思い出したように呟いた。1ヶ月程前、確かにそんな事を頼んだな、と



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