赤崎さんは吸血鬼

白楼 遵

第1話 赤崎さん。

「新学期、か・・・」

大凪おおなぎ 晴人はるとは、ただただ憂鬱だった。

また学校に行かねばならない。

あの嫌悪の塊と成ってしまった高校に。



そう、今まで会ってきた友人とまた会わねばならないのだ。

『できる友達は大体変人』。

晴人だけが起こせる謎の現象。

詳しい原因などは不明だが、何故か晴人の友人は変人ばかりなのだ。

気が置けない男友達は実は同性愛者で、家に連れ込まれて不純な行為に発展しかけたり、始めて出来た彼女はサイコパスで、自分の指を切り落とそうとしてきた。


(あぁ、思い出しただけで悪寒がする・・・)

とにかく暗かった。新学期に向けて新調した文房具や切った髪、そして満開の桜が己を嘲笑うかのように見えてくる。

春風がふわりと吹き、短く切った髪を揺らした。

「あ!晴人ー!おはよー!」

「あぁ、夏葉なつはか。おはよ」

幼なじみの長谷川はせがわ 夏葉なつは。家が近所だったという事で仲が良い。晴人と夏葉の間に隠し事など無い程、仲が良かった。

「その髪、似合ってるじゃん!!あ、シャツ第一ボタン止まってないよ!!」

「あーはいはい、止めときますよ」

注意する度にポニーテールが尻尾のようにピコピコ動き、晴人はそれが面白くてたまらなかった。




「今年も夏葉と同じクラスか」

「これでまたいつも通りお弁当作り継続だね!」

「別に作れとは言ってないんだが・・・」

クラス分けの紙を学年主任の谷山先生(通称ハゲ)から貰う。晴人達は高校二年生、そのうちの3組に配属されたようだ。

夏葉の他にも、一年からの知り合いも何人かいた。

そして、名簿の中でも一際眼を見張る名前があった。


赤崎あかさか 夢月ゆづき




「はぁ、まさか担任がタイ米だったとは・・・」

3組の名簿をよく見ると担任教師が数学教師の西山先生(通称タイ米)だった。晴人は西山先生が少し苦手なので不愉快極まりない。

そんな中、入り口の戸が勢い良く開き、あの人物が入ってきた。


長く、腰の辺りまである黒髪はつややか、紅に輝く瞳、年中黒いカーディガンを羽織り、萌え袖。登校時にはいつも日傘をさすと言う彼女。

眼を引く、という言葉だけでは足りない程の美貌を持つ彼女の名――


「赤崎・・・」


誰かがそう呟く。教室の空気が凍り付き、全員の視線が一瞬彼女に釘付けとなる。

そんな彼女は全員に一瞥をくれ、自分の席に座り、静かに担任を待つ。

いつしか、教室に喧噪が戻っていた。




「晴人ー!帰ろー!」

「そうだな・・・あぁ、あの校長クソ長い話しやがって・・・」

始業式は校長の半端なく長い話を除いては恙なく終わり、昼前には全員下校だ。

晴人達の家は高校の近所なので徒歩通学なのだ。

下駄箱の中に入れた学校指定の革靴に履き替えようとすると、下駄箱の中に何やら入っている。

(・・・ん?)

ふと手に取ると、それは薄いピンク色の封筒。

(おいこれまさか・・・!?)

「夏葉!!すまん腹が痛い!!トイレに行くから先に帰っておいてくれ!!」

「え!?は、晴人!?」

「いやいいんだ気にするな!!帰っといてくれー!」

足早にトイレに向かう。

夏葉には悪いが、これは秘密にさせて貰おう。

そう晴人は心の中で誓った。




「・・・で、今に至ると」

晴人が今いるのは校舎裏。その中でも

ラブレターには『あなたが好きです。伝えたい事があるので、校舎裏の日陰で待っておいてください』とあった。

無論晴人としても日向にいるつもりはなかった。

たとえ春の陽気と言えど、直射日光は暑すぎる。多分30分も立ち続ければ熱中症で倒れるだろう。

汗ばむ温度の中、現われたのは――――


「お、お待たせしましたー・・・・」

赤崎だった。

しかもその見た目からは似ても似つかない敬語だった。

さしもの晴人と言えど、驚愕を禁じ得ない。

(お・・・おい!!何か言え俺!!)

「あ、あぁ待ってないよ・・・さっきまで寝てた」

(アホか!?アホなのか俺は!?)

何かする度にセルフでツッコミを入れる晴人。

「よ、よかった・・・・それでですね、今日私が晴人さんに伝えたい事は・・・!」

少し上目遣いでこちらを見る赤崎。

晴人は生唾を飲む。呼吸さえ忘れそうな程にその美貌に見入ってしまう。

(お、落ち着け俺!!どうせこいつも変人だ!!)

これまでのジンクスを元に平静を保とうとする晴人。

「わ、私・・・晴人さんの事が・・・しゅ、しゅしゅしゅしゅすしゅしゅ・・・!」

「・・・?」

石炭でも燃やしたか、ひたすら「しゅ」と連呼する赤崎。

「え、えっと・・・は、晴人さんの事が好きです!!!」

ド直球。びっくりする程ストレート。多分球速156キロ。

「お、おぅ・・・」

当然初彼女がサイコパスだった晴人が気の利いた答えを言える筈も無かった。

「わ、私と付き合ってもらえませんか!?」

「え・・・え!?」

晴人の脳の処理が追いつかない。ショートした頭に眼からの情報が流れ込んで事態はさらに混沌と化す。

赤崎の顔が、こちらに近づいてくるのだ。

おそらく、キスをするつもり。

(ご、強引すぎやしねぇか!?)

晴人は、自分の顔が赤く染まるのが分かった。

しかし、その感覚も一瞬で冷めるのだった。


赤崎の口許が、

(あ、あれ?)

少し気がかりになって、赤崎の肩を小突く。

「ふぇ!?わわわわわ!!!」

赤崎が取り乱し、バランスを崩す。

そのまま数歩よろめき、


ジュッ


「ぴょああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

奇っ怪な叫び声を上げ、跳び、転がって日陰に戻る赤崎。

ちょっとだけ日向にでてしまった頬を押さえてうずくまる。

(こ・・・焦げた!?今、なんか焦げた!?)

「だ、大丈夫か?」

すると、もうもうと煙をあげる頬を押さえながらにっこり笑顔で

「うん!!大丈夫!!」

「いや絶対大丈夫じゃねぇだろ!?煙出てるし!!」

そう、叫ばずには居られないのだった――――




「ごめんなさい・・・私、実は・・・」

「実は・・・?」

あの後数分煙は止まらず、煙が止まって少し赤崎が落ち着いた頃、しっかりと話を聞かせて貰う流れとなった。

「私、は・・・吸血鬼、なんです」

「きゅ、吸血鬼・・・?」

その言葉自体は知っていた。

おとぎ話なんかでよく出てくる日の光に弱い奴。

そんなイメージしかなかった晴人には、まさかこんな身近にここまでのレベルの変人がいるとは思わなかった。

「・・・ごめんなさい、こんな私、嫌いですよね・・・」

本当に暗い声で、そう言った。

「そんな事無いよ」

反射的に、口を突いて出た言葉。

晴人の本心だった。


きっと、赤崎は自分の正体を皆に偽っていたのだろうな。

自分だって、自分を欺いて生きているんだ。

だったら、一人くらい打ち明けられる奴がいれば、楽になるんだろう。


自然とそんな思いが口から放たれたのだ。

「じゃあ、お願いしても、いいですか?」

「あぁ、やれる範囲でやってやるよ」

そう言うと、赤崎の顔が綻ぶ。

「血、吸わせてください!!」

「おうやっぱりか!!」

半ば予想できていたが、やはりそうくるか。晴人の予想は的中した。

曰く、吸血鬼が日光に当たると当たった場所が焦げる。その他怪我をした場合、治すには好きな人の血液がいるのだそうだ。

「じゃあ、指先からでよければ吸ってくれよ」

さすがに初っぱなから首を差し出す勇気はなかった。

「あ、体質によっては化膿したり痒くなったりするので!!」

「えっちょ・・・」

大事な事を最後に言って赤崎が指筋に吸血用の犬歯を突き刺す。

「いってぇ!!」

予想以上の痛み、痛くしないとかはできないのか。

ちゅうちゅうちゅうと三回口が膨らみ、窄んで、吸血が終了。

歯を抜くときも絶妙に痛かった。

「・・・なぁ、蚊的な力でなんとかできねぇの?」

「あんな下等生物と私達を一緒にしないでくださいよ!!」



かくして、奇妙な出会いから始まった二人の恋。

その結末やいかに――――

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