課題の評価

 今日はマドカさんの課題の締切日。でもってツバサ先生のところで最終評価をするからって呼ばれてる。


「アカネです。入ります」


 入った途端に目から火花が、


『ガッシャン』


 痛い、やられた。まさかこのシチュエーションで金ダライを仕掛けてくるとは油断だった。


「アカネ、注意力が足りんぞ」


 そういう問題じゃないだろ。ここは写真スタジオで、剣術の道場じゃないんだから。どうしてドア一つ開けるのに、毎回毎回、あんだけ注意しなきゃならないんだよ。さてと、ここ数日仕事が忙しくてマドカさんの写真を見てないけど。


「アカネはどう評価する」


 どうって言われても困るんだよな。確かに良くはなってる。途中で散々邪魔してた女らしさのこだわりが、やっと引っ込んだ感じかな。もっと早くそうなってくれたら、間に合ったかもしれないのに。


 だから本音を言えばまだまだ。これじゃ、商売物にならないよ。無理に迫力を出そうとして粗い部分が多いし、その迫力だってもっと必要。写真から伝わって来るパワーが弱いんよね。でも、言うとマドカさんが傷つくだろうから、エエイ、ツバサ先生に振っちゃえ。


「この写真とか、イイ迫力が出てると思います」

「ほう、アカネもそう思うか」

「え、ええ」


 ツバサ先生どうするつもりだろう。


「わたしもそう思う。マドカ、よく頑張った合格だ」


 あっ、マドカさんの目が真っ赤だ。だろうな、本当によく頑張っていたもの。


「麻吹先生、アカネ先生、御指導ありがとうございました」


 そう言ってマドカさんが部屋から出た後に、


「ツバサ先生、マドカさんの写真ですが」

「どうした、アカネもイイって言ったじゃないか」

「そうなんですけど」


 ツバサ先生は椅子を回しながら、


「アカネには不満なんだろう」

「正直なところ良くなったとは思いますが、まだまだ迫力が足りないですし、商売物にするには粗さが目につきすぎます」

「そういうだろうと思った」


 えっ、


「あれがアカネの撮ったものならゴミ箱ポイだよ」

「だったら・・・」


 ツバサ先生は楽しそうに笑いながら、


「アカネ、今回の課題でマドカに求めたものはなんだ」

「あ、はい、上品すぎるマドカさんの写真に力強さを加えることです」

「アカネすごいぞ、ちゃんと言えた。四字熟語とか格言さえ使わなければ進歩してる」


 ほっとけ、


「力強さを加える課題はなんとか達成したとは思わんか」

「そうとは言えますが・・・」

「アカネ、よく覚えておけ。一度の課題で満点を求めるな。課題の何に合格したかで評価するのだ。マドカの今回の最大の課題は西川流の呪縛からの脱却だ。これで次に確実につながる。この成功体験はマドカの財産に確実になる」


 へぇ、そう見るのか。なんか甘い気が、


「アカネにはわからんだろうが、これでマドカはプロの壁を乗り越える手がかりをつかんだんだ。一度で越えさそうとするのは贅沢すぎるってことだ」


 そんなものなのかな?


「アカネ、短期間でも弟子を持ってみてどうだった」

「そりゃ、もう、大変でした」

「あははは、マドカが大変か。アカネに較べりゃ、ティラノザウルスと小ウサギぐらい扱いやすさが違うけどな」


 大きなお世話だ、


「弟子を持つのは手間も時間もかかる。さらにモノにならなければ、弟子の貴重な人生を浪費させたことになる。だからわたしはいつも真剣勝負と思っている」


 へいへい、骨身にしみて真剣勝負を体験させてもらいました。


「でも持つことで学べることもある。アカネも経験してもイイと思う」

「そうは言いますが、ツバサ先生やサトル先生を差し置いて、アカネに弟子入りしたいという物好きなんていますかね」

「天下の渋茶のアカネ先生だぞ」

「渋茶は余計です」


 でもさぁ、やっぱり普通に考えたらツバサ先生かサトル先生だよな。だいたいオフィス加納に弟子入りすること自体が大変だし、師匠を指名する権利だけは弟子にあるし。そういえば、弟子入りが大変なのはアカネをウルトラ例外として、まず求められる水準が高いことがある。


 そりゃさ、いくら才能があってもアカネみたいなのがずらっと並ばれたりしたら、ツバサ先生だって悲鳴を上げるものね。アカネだって、もし弟子が出来てもアカネ並のレベルだったら絶対にサジ投げる。


「そうだこれもアカネに最後に教えておくことの一つになる」

「なんですか?」

「それは弟子の才能を見極める練習だ」


 ちょっと待った、ちょっと待った。それは違うだろ。ツバサ先生は部屋の片隅に積み上げてある段ボール箱を指さして、


「幸い練習材料は豊富にある。全部持って行ってくれ」


 ぎょぇぇぇ、やられた。ツバサ先生は審査を逃げたがるんだよな。今回マドカさんの件を任したのは、それをさせるための布石でもあったんだ。コンチキショウ。


「選んだら持ってこい。審査してやる」

「それってツバサ先生がサボりたいだけじゃないですか」

「師匠に向ってなんてことを」

「師匠だからって、こんな命令なんて聞けませんよ~だ」


 フンと鼻で嗤ったツバサ先生は、


「アカネ、逃げられると思うか」


 こんなもの部屋から逃げ出せば終りだろ。


「やりませんよ~だ」

「アカネ、マルチーズになりたいか」


 卑怯だぞ。この恨み、どこかで必ず晴らしてやる。でもマルチーズはイヤだ。

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