守敗離

 マドカは課題にひたすら取り組んでいます。やらなければならないこともわかっています。それはラグビーの魅力を取り込むこと。そう、あの迫力を写真に写し込むことです。そこまでわかっているのに、マドカが撮って来た写真を見るアカネ先生の表情が冴えません。


「悪いけど足りない。これじゃ足りないんだ。マドカさん、悪いけど、これじゃ上手なだけの写真だよ」


 締め切りの日が段々と迫って来ます。それでも、


「これじゃ、まだ足りない」


 足りないのはマドカでもわかります。だって、マドカが見ても試合を見に行こうと思わないですもの。そうなのです、あの熱気が全然伝わって来ないのです。


「マドカさん。アカネなら、この写真をどうすれば良くなるかを教えることは出来るよ。でもね、それで良くなるのはこの写真だけ。それもアカネのコピーだし、他の写真では使えない。それじゃ、意味がないんだよ。どんな時だって、マドカさんの流儀で同じクラスの写真が撮れないといけないんだ」


 最近ではツバサ先生も顔を出します。


「アカネはそう言ったか。正しいよ。いかにもアカネらしい」

「どういうことですか」


 麻吹先生は含み笑いをしながら、


「アイツぐらい師匠の真似を嫌った奴はいないんだよ。わたしが右向けと言ったら、天井向くぐらい言う事を聞かなかったんだ」

「師匠相手にですか」

「マドカなら守敗離を知っているだろう」


 守敗離とは芸事を学ぶ姿勢の事で、まず師匠から型を忠実に守って学び、やがてその型を敗って自分により合うようにし、さらに型から離れて自在に動けるようになることを指します。これは千利休の、


『規矩作法、守り尽くして破るとも離るるとても本を忘るな』


 ここから来たともされています。


「アカネはとにかく『守』が苦手だった。教えるそばから『敗離』に爆走さ」

「そんなに・・・」

「マドカの課題で求められてるのはまさに『敗離』だ。アカネもそこまで意識してこの課題を選んだわけじゃないだろうが、今のマドカにピッタリ過ぎて笑うぐらいだ」


 敗離か。そうだ、何かから敗離しないとこの課題を達成できない。


「マドカが今回の課題を苦手とするのはわかってた。これは西川流の弱点だからな。でもな、西川大蔵なら撮れたんだ」

「それは創始者の大先生だから・・・」

「違うな。西川も敗離してあの高みに登ってるってことだよ」


 そう言って部屋から出て行かれました。その時にマドカの頭に稲妻のようなものが走った気がします。どうして西川流を学んだものが、この写真を苦手にするかの理由です。西川先生が意図的にそうされたか、結果としてそうなったか伺い様もありませんが、必然だったのかもしれません。


 西川流はひたすら『守』の教え。これさえ守れば一定の水準までレベルアップは可能です。ただ極めれば極めるほど師匠の型は弟子を縛り上げてしまっているのではないかと。縛り上げられた型は今回の課題のような写真を苦手にします。それも西川流を学んだマドカなら知っています。


 それでも西川先生が撮れた理由はただ一つ。西川先生にとっては型じゃないのです。たまたま西川先生が撮りやすいポーズに過ぎないだけです。もう少し言えば、西川先生がこの型で撮っているかどうかさえ疑問です。弟子育成用の型に過ぎないのでないかとさえ思います。


 なにかヒントをつかんだ気がします。残り時間に全力を尽くします。

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