師弟
マドカさんを見てるとアカネが入門した頃のことを思い出す。入門の経緯からギャグみたいなもんだからね。入門してから知ったんだけど、ツバサ先生の入門基準は、写真の基礎や基本をしっかりマスターした上で、さらにどこか才能の煌めきを感じたものが条件。
ちなみにアカネが送った入門志願書は、たぶんだけど〇・五秒の早業でゴミ箱直行だったで良さそう。おかげで入門の時にもう一回履歴書を書かされた。
そんなアカネが入門できたのは、オフィス加納のミステリーとさえ言われてる。まずだけど、どうしたらそうなったか今でも最大の謎とされてるけど、間違って面接試験に呼び出されたんだ。
これも後から知ったけど、事務サイドでは適当に謝罪して追い返そうと決まりかけていたみたい。そこに面接試験があるからオフィスで待っていたツバサ先生がたまたま通りがかり、時間も取ってるから形だけでも面接することにしたそうなんだ。
「そりゃ、アカネ。謝罪となれば足代と昼飯代ぐらいは包まないとアカンやろ。それだったら形だけでも面接したらタダで済む」
そこでアカネの持ってきた写真の素晴らしさにビックリでもしてくれたら格好がイイのだけど、ビックリされたのはヘタクソ過ぎた方。それでも合格してしまったのは、ドジしてUSBに入れていたアカネの百面相写真。これだけの百面相を工夫できる発想力をツバサ先生は買ってくれたんだ。
だから入門当時のアカネの技量はツバサ先生曰く、
「お前、ホンマに高校の時は写真部だったのか」
これぐらいヘタクソだった。ちなみに本来面接に呼び出されるはず人の方は、
「アカネに手がかかりすぎて、それどころじゃなくなった」
これはアカネも悪いことをしたと思ってる。おそらく加納先生時代も含めて、あそこまで基礎的な事から教え込まされた弟子はアカネ一人だったで良さそう。そのうえ、いくら説明されてもアカネの方もサッパリわからない事が多かったものね。
ある時にショウテンなるものの見方とか、考え方を説明されたんだけど、いくら聞いても話がかみ合わず、あきれ顔のツバサ先生が、
「アカネ、念のために聞くがショウテンとはなんだ」
「ずらっと並んで大喜利して座布団もらうやつ」
ツバサ先生はひっくり返り、
「カメラの話にどうして笑点が出て来るんだ」
「だったらちゃんと説明してくれないとわかんない」
「そんなもの説明以前だ!」
あの時もそうだった。焦点とピント合わせの説明だったんだが、これまたいくら聞いてもトンチンカン。
「アカネ、まさかと思うが焦点とフォーカスは同じ意味と知ってるよな」
「バカにしないで下さい」
「じゃあ、F値は」
「フォーミュラ・カー・レースのカテゴリー」
「ほんじゃあ、絞りは」
「そりゃ、もちろん一番搾り」
「パン・フォーカスとは」
「食パン撮るのに適した焦点」
頭抱えて五分ぐらい黙り込んでた。あんな難しい専門用語を解説無しでポンポン使う方が悪いと文句言ったんだけど、でっかいため息をして、
「エライもん抱え込んだよ」
「そんなにアカネはエライんですか」
「ああ、超弩級にな」
今ならツバサ先生がどれだけ途方に暮れたかわかるけど、当時は褒められたと思ってた。そのあたりから説明も丁寧になってくれて、
「標準では・・・」
こう言った後になにか怖ろしい言葉を使ったような表情になり、
「アカネ、標準ってなんだ」
「新発売の缶酎ハイ」
『氷純』って缶酎ハイが売り出されていて、てっきりそれって思ってた。危うく缶酎ハイの説明として聞いてしまうところだった。思い出すだけで赤面ものだけど、当時のアカネのレベルってそんなものってこと。
撮影法を教えるのも大変だったと今でも愚痴られることがある。あれこれ手順を教えてくれるんだけど、すぐに撮れるはずもなく、
「どう撮った」
「・・・こんな感じで」
「どうして教えた通りに撮らない」
「撮ってます」
アカネはツバサ先生の説明を聞いてると、どんな画像に仕上がれば良いかのイメージは湧いて来るんだ。ただメンドクサそうな手順の方は聞く傍から抜け落ちてた。よくあれで撮れるようになったものだと思ってる。
だからこそツバサ先生は尊敬してる。なんだかんだと怒鳴られまくったけど、アカネが付いて行く限り見捨てたりしなかった。だから今のアカネがここにいる。ツバサ先生じゃなかったら、絶対無理だった。
「ツバサ先生、アカネを見捨てようとしたことはあったのですか」
「ありすぎて数えきれないぐらい」
あちゃ、やっぱりそうか、
「でもな、最高の弟子だ。二度と見れないかもしれない。アカネが存在することに感謝してる」
だったらマルチーズにしようとするな。
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