三太夫さんの子孫
「コトリ、三太夫さんとこの調査報告書よ」
これもえらい時間がかかったな。どれどれ、
「ユッキー、調査部の能力やけど落ちすぎちゃうか」
「どういうこと」
「三太夫さんに息子がおって、代々円城寺家に仕えてるってありえへんやろ」
三太夫さんは独り者。とにかく奥さんはおらへんかってんよ。それだけやなく、奥さんの話も子どもの話も聞いたこともあらへん。
「じゃあ、新田克行って知らないの」
「見たことも聞いたこともあらへん」
だいたいやな。この克行ってのが生まれた年はコトリの賭場に三太夫さんが出入りする頃やんか。あの頃の円城寺家はよう知ってんねん。一家総出で百人一首やいろはカルタ書く内職やってたもんな。
三太夫さんは住み込み。円城寺家自体が小さいから、三太夫さんの部屋も二畳ぐらいしかなかったんよ。すっかり仲が良くなってたからよく遊びにいってたんよ。
コトリの方は神算のコトリの壷振り師で繁盛してたから、行くときに手土産持って行くんやけど、異常なぐらいに喜んでくれた。菓子なんか持ってこうものなら滋麿さんは、
「三太夫、菓子じゃぞ」
「先代さまの時に見たことがございます」
「それは言い過ぎじゃろ」
それで食べるかと思えば食べへんねん。菓子を売ってゼニに変えてたんよね。そんな調子だからコトリが来るのは大歓迎やってんよ。とにかくコトリは極道屋の娘で学ないやんか。手土産の御礼代わりって読み書きを教えてくれたんよ。これをしとったから鳥羽伏見の後で円城寺家の娘になんとか化けられたんよね。
「じゃあ、コトリが死んでから養子でも取ったんじゃない」
コトリが亡くなったのは今ならクリスマス。その三日前にもお見舞いに来てくれてる。あれこれ昔話をして楽しかったもの。そやけどコトリの葬式の時に風邪ひいて、こじらしたみたいで一月七日に亡くなってる。
「それじゃ、まず無理ね」
円城寺家が東京に来てからもよく遊びに行ってた。そりゃ仮初めでも実家だからね。冠婚葬祭や正月とかは必ずってぐらい。東京の円城寺家は京都の時よりはるかにマシやった。華族の体裁を整えることがウルサイからって言ってた。
でも立派になったんは見た目だけで内情は火の車。コトリの家からだいぶ応援してたわ。そやのに新田克行って野郎はコトリが三太夫さんに知りあう前年にやで、三太夫さんの息子として生れてる事になってるやないか。
「コトリが生きてる間はもちろんやけど、死んでからも新田克行なんか絶対におらへんかった」
新田克行は震災戸籍に存在するけど、そこに存在するいうだけで、他はなんの記録も残ってへんのよね。
「でも新田克俊は存在してるよね」
使用人の記録なんか残ってないんだけど、克俊は兵役の記録が残ってるから間違いなく存在するんよね。これもはっきりしないところが多すぎるんだけど、どうにも戦後になってから円城寺家に登場した感じが強そうやねん。
「微妙だけど倉麿が死んでから登場したとか」
「そんな感じがする」
克俊は倉麿の息子の久麿と同じころに亡くなってるんやけど、
「その次の新田孝ってのもハッキリせえへんな。ホンマに円城寺家に仕えとってんやろか」
「でもその息子の新田和明は円城寺家に仕えてるし、今でも健在となってるよ」
「でもさぁ、さすがに和明になるとそれなりに記録もあるけど、ホンマに親子やろか。それ以前に血が繋がってるんやろか」
何回も調査報告書をユッキーと読み直したんやけど、
「三太夫さんと克行に血縁関係があるとは思えへんし、克行自体が存在したかも怪し過ぎるわ」
「それと代々円城寺家に仕えたってなってるけど、かなりトビトビの気がする」
円城寺家は、
倉麿 → 久麿 → 敏雄 → 義行 → 栄一郎
こう続くんだけど、敏雄が生まれたのが遅くて久麿四十四歳の時やねん。ちなみに後妻になってる。その次の義行やけど敏雄が九十二歳まで長生きしたもので、義行の方が早く死んでるのよね。
「コトリ、見方になるけど円城寺家ってこう続いているとしてもイイのじゃない
倉麿 → 久麿 → 敏雄・義行 → 栄一郎
つまり敏雄と義行は実質的にセットみたいなもの」
「なるほどそう見ると、
倉麿 → 久麿 → 敏雄 → 栄一郎
克行 → 克俊 → 孝 → 和明
こんな感じでペアか」
「そうなんだけど、克行と孝の存在がまず怪しいし、克俊は倉麿の死後に登場し、和明は敏雄の死後に登場してるんじゃないかと」
たしかにそう見れんこともないけど、なんか意味あるんやろか。
「ユッキー、もうちょっと調査部の尻叩いといてや」
「そうね、これじゃ粗すぎてわかんないし」
ほんまに困ったもんや。エレギオンHDも官僚化してる気がするわ。
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