プロの壁
ハネ・ムーンから帰って来たツバサ先生を冷かしてやろうと思ったら、いきなり先制パンチを喰らった。
「・・・良かったぞ、感動ものだったぞ、どれだけ燃えまくったことか。サトルって立派なんだぞ、そりゃもう・・・」
「ツバサ!」
隣でサトル先生が顔を真っ赤にしてた。うん、止めなきゃサトル先生のアレの生々しい描写に入る勢いだった。それにしても、ちゃんと夫婦になってるのに感心した。そうなのよ、サトル先生がツバサ先生を呼びつけだものね。
「ゴメンね、サトル。でもアカネが悪いのよ。わたしを冷やかすものだから・・・」
その気はマンマンだったけど、まだなんも言ってないぞ。サトル先生なら、その辺はわかってるって思ったけど、
「アカネ、ツバサをからかうと承知しないぞ」
「ありがとうサトル」
「当然だよツバサ」
そこでキスして見せつけるな。ここは仕事場だぞ。たく、結婚したら、ここまで変わるのか。そりゃ、夫婦だからイチャイチャしたってイイようなものだけど、彼氏さえいないアカネにとっては目の毒過ぎる。
そんなラブラブの度が過ぎてるようなツバサ先生から呼ばれた。またノロケでも聞かされるのは堪忍してくれだったけど、
「・・・でさ、もうダメって思ってもさ、もっとなのよ。そこから、グイグイって、それがね、そりゃ最高。そしたら、またダメって・・・」
念入りに、これでもかと言うぐらいタップリやられた。ノロケ話の挙句に夫婦の秘め事の実況中継はやめてくれ。いくらアカネ相手だからって程度があるやろが。アカネだって彼氏が出来たら絶対復讐してやる。覚えてろ。
「ところでアカネ、悪いけど、マドカの写真見てやってくれないか」
「アカネがですか?」
「ちょっと行き詰まり感があってな。タマには気分転換でマドカにもイイだろうって思ってな」
マドカさんは商店街クラスの仕事を任せられ始めてる。それだけじゃなく、ペンギンやトラやライオンなんかも。あの仕事ってサキ先輩もやったって言うから、ここの弟子の定番みたい。
「アカネ先生、よろしくお願いします」
相変わらずマドカさんは礼儀正しくお上品。マドカさんが取り乱した姿を見たのは、最初のアシスタントに付いて行けなかった時ぐらいかも。
「どれどれ」
マドカさんの写真は一言で言えば端正。定規で計ったようにキチンと構図を決め、これも持ち味だと思うけど、ピントがシャープ。入門時からそうだったけど、今はさらに磨きがかかってる。
それとこれもマドカさんの持ち味だと思うけど、品の良さが満ち溢れている。これも、もともとそうだったけど、ここまで伸びてるんだ。さすがはツバサ先生の指導だ。でも、ここまで出来てるのなら指導なんているのかな。翌日に仕事から帰って来たツバサ先生をつかまえて。
「マドカさんの写真は良く撮れてる思います。アカネが指導できる点なんて殆どありません」
「ま、そう思うか。じゃあ、アカネに聞く。あれで商売物になるか」
えっ、えっ、それは、
「あそこまではテクを磨けば行けるんだよ。でも、あれで食べれるなら誰でもフォトグラファーになれる。アカネならわかるだろう、あれじゃ、商売物にならないって」
「そ、それはそうなんですけど。じゃあ、どうすれば」
ツバサ先生はなにかを思い浮かべるように。
「これがアカネにする最後の指導になるかもしれない。アカネもいつの日か弟子を取る、その時にこれを知っていないと困るだろうし」
「なにをアカネは知らないのですか」
「プロになるための壁だよ、壁。サキやカツオが弾き飛ばされた壁。わたしも乗り越えたし、サトルもそうだ。でもアカネは乗り越えていない」
「じゃあ、今から壁が」
「アカネは通り過ぎたんだよ。だから壁があったのさえ知らない」
あれだけノロケまくるツバサ先生とは思えない厳しい顔。
「弟子はどうして壁に当たり、その時に師匠はどうしたら良いか勉強してみな。しばらくマドカは預ける」
預けるって言われても、
「マドカはプロの壁までは来た。ここまで来るのだけでもたいしたものだが、まだこれではプロになれない。アカネ、プロとはなんだ」
「写真を売って食える人です」
「そうだ。マドカのレベルでも写真を売って食えるのは食える。だがマドカが目指しているのはなんだ」
「フォトグラファーです」
「フォトグラファーとして売れるレベルになるのがプロの壁だ」
それは実感としてわかるけど、具体的にはなにをすれば、
「プロの壁の越え方にマニュアルはないよ。あったら誰も苦労しない。逆にいえば容易に乗り越えられないから、これだけしかフォトグラファーはいないんだ」
なるほど。そんなにホイホイ越えられるものなら、世の中、フォトグラファーだらけになっちゃうものね。とはいえ、ヒントがこれだけじゃ、
「おっと、もうこんな時間か。この話はこれぐらいにしよう」
あれ、ツバサ先生にしたら中途半端な。
「今日は夕食当番なのだ。サトルは好き嫌いが少ないし、わたしが作ったものを喜んで食べてくれるのだ。それも『美味しい美味しい』ってずっと言ってくれながらだよ。そこまで言われたら張り切るじゃないか。サトルにもっと美味しいものを食べてもらおうってファイトが湧いてくるのだよ・・・」
だからノロケは余計だ。つうか、あんだけノロケ話を延々とするから、時間がなくなったんじゃない。
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