星辰のPsycholapse-サイコラプス-
灰川藍
#0 Prologue
……け……て……
声が、聞こえる。
たす……け……て……
誰かの声が耳に入る。
何も見えない。僕の目の前にあるのは全てを塗りつぶすように真っ黒に染まる暗闇だけ。
ここは、何処だ?
この声は、誰だ?
そう思った瞬間、スポットライトが当たったように目の前が明るくなる。
真っ先に僕の目に映ったのは深紅。
そして痛々しく広がる炎の花。
その色の中に人影が見える。
ピントの合わないカメラのようにぼやけた景色。
それが、ゆっくりと形をはっきりさせていく。
それは……
──知らない。
女の人が身体から血を流し苦しんでいる光景。
その人が、僕の方を向いて、手を伸ばして。
虚ろなその瞳で、震えるその口で、
「か……いる……た、すけ……」
僕の名前を呼んでいる。
助けを求めている。
……止めてくれ。
「おねが……い、あなたな……ら……」
知らない、君なんて。
「私を……私たちを……」
違う、僕は……
『か……、きこ……!!』
声が空間に響く。
目の前の声を、同じ声が塗り潰す。
『……め、ここに……!!』
何処にいるんだ、君は。
『おねが……、きこ……なら……!!』
君は、誰だ?
え——、次は—— こくげん—— こくげん——
がたん、がたん。
身体が揺られる。
音が鮮明に聞こえてくる。
黒塗りの景色の中で、光が移り変わっていく。
こくげん、刻限?
それって何だっけ。
ああ、そうか。“刻弦”。
確か、降りる駅の名前だ。
ゆっくりと身を起こし、うんと一つ伸びをする。
窓の外はすっかり夜になっている。僕が覚えている景色は日が出ていたから、随分と眠ってしまっていたようだ。
読み途中の本を一つくらい残しておけばよかった、と今更ながらに後悔した。
そんな思いもすぐに振り払い、僕は急いで立ち上がる。少しふらつきつつも金網の上から自分のボストンバックを降ろした。
「まもなく—— 刻弦—— 刻弦—— 左の扉が——」
暮らす場所が変わっただけで、僕の生活は今までと変わらない。
『死神』の僕は、ここでもきっとそうなんだろう。
今まで通り。他人との関わりを避けるだけの、変わりばえしない単調な日常を過ごすだけ——。
そんな風に、この時の僕たちはぼんやりと考えていた。
知ったように振る舞って、
“知る”ことから逃げ続けて、
本当のことは何も知らないまま——。
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