殺人鬼の儀式
惨劇の瞬間をホージロは目の当たりにした。口元を抑え、目には涙を浮かべている。シラスナが死んだことは紛れもない事実であったが、ホージロにはまだそれが受け入れられなかった。あのシラスナがこんなあっさりと敗れてしまったこと、そして何より赤い血の花火があまりのも美しく、人が死ぬ瞬間には見えなかったことが大きな理由だった。
アルトがゆっくりと床に足をつくと、影の王も人の高さまで浮いた体を戻し、
「ああ、気持ちいい……」
と顔を上に向けて息を吸った。シラスナの体の一部だった粉末をたっぷりと吸い込んだその顔は恍惚に満ちている。ホージロはその姿にただならぬ恐怖を覚えた。こいつは本当にやばい。隙をみてすぐにでも逃げなければならないが、体中が震えていて力が入らない。幸い、やつらの興味はまだホージロには至っていない。
「あの女の顔、あれは傑作だったな。鼻水垂らしてやがった」
影の王が笑いながら言うとアルトが
「でも今回はお前も少し苦戦したんじゃないのか?」
と尋ねた。
「もちろんだ。だからこそ、強い奴を殺した時の快感は格別だ」
血まみれになった細い剣を舐めながら影の王は言う。その目が少しずつホージロの方へ向いていく。赤い目はすでに緑色に戻ってはいたが、その殺気は誰よりも強いものだった。
「……!」
ホージロはその目に睨まれて、なぜだか分からないが睨み返さずにはいられなかった。そうすることが生き残る最善策だと考えたのかもしれない。手を精一杯握りしめ、全身の力を両目に込める。すると目が合ったまま影の王が言った。
「……いい目をしている」
その目に見定められてホージロはちょっとずつ正気を取り戻していった。震えが治まっていく。
「よくも、よくもシラスナさんを……」
ホージロは悔しさと怒りを吐き出すかのように唇をかみしめた。
「お前はあの女に利用させていたんだ。俺たちは助けてやった」
アルトが横からホージロに語り掛けるように言った。だがホージロは殺人鬼二人に助けられたところで嬉しくもなんともなかった。
「いい面だな。強くなりそうな面をしている」
影の王は目を一度も逸らすことなく、ホージロを睨みながら言った。どういう意味だろうか。ホージロが問いただそうとしたとき、アルトの腕の通信機が鳴った。
「邪気の王さまがお呼びだ」
「ちっ、遊びは仕舞いか」
影の王は悔しそうに剣を鞘にしまうと、ホージロから目を逸らした。
「こいつはどうする? 始末しておくか?」
剣をまだ抜いたままのアルトは影の王に尋ねた。彼は
「いや、放っておけ。そんな今にも死にそうなやつを殺してもつまらない」
とアルトの前を通り、厨房から食堂を抜けて外に出ようとした。ホージロたちが入ってきた出入口とは反対側になる。ホージロはそんなことを言われて悔しくてたまらなかった。これでは情けをかけられたようなものだ。
「ま、待ちなさいよ」
思わず二人を呼びとめる。しかし影の王とアルトは足を止めることはなく、歩きながら振り返った。
「情けをかけられたようで面白くないようだな」
アルトの声に影の王は困った顔をし、ホージロに向きなおって言った。
「お前、名はなんと言う」
「ホージロ、共存軍少尉」
ホージロはまだ立ち上がれないままそう答えた。影の王はその様子を鼻で笑って
「俺は影の王。こっちはアルト。その名前、憶えておこう」
と薄暗い廊下の闇へと消えていった。
☆☆☆
レッドとイメクが食堂に入った時、ホージロは厨房のコンロの上で気を失っていた。赤く靄のかかる食堂を不気味に思っていた二人は傷まみれのホージロをみて、急いで彼女の元へ駆け寄った。
「ホージロ!」
レッドがホージロをコンロから下ろし、しゃがんで膝の上に寝かせる。
「大丈夫か、おい。しっかりしろ!」
「何があったんだろう。シラスナ大佐は」
イメクは不思議そうに辺りを警戒し、剣を構えた。レッドの問いかけにホージロはゆっくりと目を開ける。
「……レッド」
彼を見た瞬間、ホージロは安堵の笑みを見せた。良かった、気を失っていただけのようだ。
「シラスナ大佐は?」
レッドの言葉にホージロは首を横に振った。
「見失ったのか?」
「……違う。殺されたの」
レッドとイメクは二人そろって言葉を失った。あのシラスナ大佐が殺された。ホージロもここまで追い込まれたんだ、相当な使い手に違いない。
「誰がやったんだ?」
「皇帝に雇われた剣士。名前は影の王」
「影の王……」
レッドは初めて聞く名に恐怖を覚えた。神官のシャドゥーなら名は知られているが無名もいいとこだ。だがどこか不快で恐ろしい響きだった。
「とにかくホージロちゃんが無事でよかった」
イメクがほっと一息つくと、バードから無線が鳴った。
「はい、こちらイメク」
『イメク。そっちは大丈夫ですか?』
「ああ、今ホージロちゃんを保護したとこだよ。シラスナ大佐は戦死した」
イメクの報告にノイズの向こう側のバードとギイトも驚いたらしく、しばらく沈黙があった。
『……そうですか、残念です。こちらは艦長室に忍び込んで自動操縦を止めました。敵が気づくまでしばらく時間がかかりそうです』
「ありがとう。敵はいなかった?」
『それが全員殺されていたんです。赤い靄みたいなのが出てて』
イメクは厨房を見渡した。この部屋にもある。
「とにかく4階の厨房で落ち合おう。艦長室の真下だね」
『わかりました』
バードはそう言って無線を切った。赤い靄はレッドとイメクの体に付着を始めていた。
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