血で染まる大気圏

 シラスナは空中を飛びながら強い邪気を感じた。それは皇帝軍の兵士の先頭にいる鉤爪のロボットから放たれていた。




「ホージロ、行くわよ」


「わかりました」




 ホージロは刀を持った両腕を垂直に下ろし、飛行姿勢をとった。




「ラークス、後は頼んだわ」




シラスナはラークスに個別で無線を送った。




『わかりました。お気をつけて』




 ラークスは無線を送ってきたシラスナを遠くから見つめた。彼女とホージロが単独行動をとることは出撃前に知らされていた。やれやれとラークスは首を振る。




「来たか!」




 シャドゥーは高速でこちらに向かってくる二人の兵士の気配を感じた。鉤爪を構えたが、一瞬で両側を突破されてしまう。皇帝の部下たちにはその影すら見えていないようだった。シラスナとホージロは風のように皇帝軍を抜けると一瞬でダストシュートへと消えていった。




「ちっ、これ以上は通さんぞ!」




 鉤爪を振り回し、シャドゥーは悔しそうな「ふり」をした。影の王の獲物には手を付けないでおいてやった。本当はホージロもシラスナもはっきりと捉えていたがあえて捕まえることはしなかったのだ。




「シラスナ大佐とホージロちゃん、もう行っちまった」




 唖然とするギイトにメカドが無線で呼びかける。




『俺たちも後に続くぞ』




メカドは腰の剣を抜くとジェットパックの出力を上げ、皇帝軍に突っ込んでいった。




「僕たちも行こう」




イメクの掛け声でレッドたち小隊のメンバーも続いた。皇帝軍の兵士たちは散開して戦艦の前に立ちはだかった。まるで蚊の群れのようにあちこちに広がった兵士たちの中をシラスナたちのように高速で飛び抜けることは難しい。




「このままじゃ敵とぶつかります!」




 フダカが慌てたように言った。




「剣を抜け、戦闘開始だ!」




 メカドの合図で皆、一斉に剣を抜くとジェットパックの出力を下げ、体を水平に保つように操る。しかし迎え撃つ皇帝軍には剣士だけが在籍しているわけではない。




「ブラスターだ!」




銃を構える敵兵を見つけたレッドが叫んだ。その声とともに蚊のような皇帝軍からレーザー光線が共存軍目掛けて飛んでくる。




「避けきれない」




 先頭にいたメカドはブラスターの集中砲火を浴びた。だが彼は器用にその光線を右手の剣で弾いていく。




「うっ!」




 光線の一つがメカドの肩を貫き、彼は短く唸り声をあげた。しかしそれを物ともせずに彼は敵の集団の中心に飛び込み銃をもつ敵兵を次々と蹴散らしていく。




「メカド隊長すごいな」




驚きで口が閉じないイメクにレッドが言った。




「隊長に続こう。訓練を思い出すんだ」




 その言葉の後、レッドたち第一小隊は敵の群れに飛び込み剣と剣がぶつかった。フダカはブラスターを奪うと、剣を仕舞い相手に狙いを定めた。ギイトは力業で敵兵を圧倒する。イメクは流れるような動きで敵を切り裂いていった。彼の剣はほとんど重量がなく、まるで絹布のように空中で舞った。アークは後方で全員を援護するように弓を引いていた。彼の視野は通常の兵士よりはるかに広いのだ。




「さすがメカドさん。あの新兵たちをここまで強くするなんて」




 ラークスは後方でメカド小隊の強さに圧倒された。




「さあ、私たちも戦おう」




 自身の小隊とシラスナに置いて行かれた部下たちを引き連れ、ラークスたちも空中の白兵戦に参加した。戦艦の上空は敵味方が入り混じり混戦状態である。その様子をシャドゥーは後方から見つめていた。




「少しは骨のある兵士のようだ。しかしあのバカ女が作戦司令官で共存軍は災難だな」




 冷静に戦場を分析するシャドゥーには共存軍のヘリコプター三機が護衛に全く守られていないことがわかっていた。本来、後方に立って作戦指示を出さねばならないシラスナが一人で飛び込んでいってしまったため共存軍は目先の戦いに囚われていた。




「ヘリさえ落としてしまえばあいつらは帰れない。そうなれば、あとはジェットパックの燃料が尽きるまでゆっくりと相手をしてやればいい」




 シャドゥーはクレバーで頭も切れる。剣術では影の王やデスには及ばないが、作戦を立てることについては一流だ。ヘリを鎮めれば精神的にも皇帝軍が有利になる。




「もらったぞ」




 シャドゥーは後方から混戦状態の空域を大きく回り込み、バードが操るヘリコプターへと俊足で移動した。共存軍の兵士たちは目の前の敵に集中してしまい、誰もシャドゥーの姿を捉えられなかった。ただ一人、視野の広さが常人離れしているアークを覗いては。




「ヘリが危ない! バード!」




 アークは今までにないくらい大声で叫ぶと、シャドゥーの前に立ちふさがった。そのあまりにも大きな声にメカドやレッドが振り返る。しかしその時にはアークの姿は消えていた。




「邪魔だ」




 シャドゥーが静かに言い放つと同時にバードが悲鳴を上げた。首のないアークの死体がヘリのコックピット目掛けて飛んできたのだ。肉塊となったアークはガラスを貫通し、操縦系統をめちゃくちゃに破壊した。




「アーク! バード!」




 メカドは二人を助けるべく剣を振り払い全速力でヘリへ戻る。しかし無情にもシャドゥーはメカドの横を飛び




「馬鹿め」




と呟くと、残り二機のヘリコプターを強力な鉤爪で引き裂き爆破した。あまりの一瞬の出来事にレッドたちは時が止まったかのように放心してしまった。アークの血がまるで雨のように空域に降り注ぐ。




「アーク……」




 レッドは頬についた血をふき取った。これは仲間の血だ。さっきまで共に訓練をし、戦ってきた友の血だ。レッドは震えた。恐怖ではなく怒りで――。

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