第三話 金木くんにお礼
二日後の夕方、私は、金木くんの部屋の前に立っていた。
インターホンを鳴らすと、扉が開いて、少し驚いたような顔の彼が現れる。
「大河内……」
「ありがとう、金木くん。これを返しにきたの」
何か言いかけた彼を遮って、借りていた専門書を押し付ける。
「わざわざ持ってきてくれたのか。悪いなあ、ゼミで返してくれてもよかったのに……」
「なるべく早く返したくてね。それと……」
開いたドアから、チラッと中の様子を覗き込む。大丈夫、まだ夕食の準備は始めていないようだ。
「……金木くん、今晩の食事、まだよね?」
「ああ、いつも夜は遅いからな」
「じゃあ、一緒に食べに行きましょう」
「……へっ?」
ぽかんとした顔で、間抜けな声を出す金木くん。
こういう姿を見ると、少しからかってみたくなるものだ。
「あら、私、おかしなこと言ったかしら? 前にお昼を一緒にした時『今度メシでも奢ってくれ』って言い出したのは、金木くんの方よね? 確か、ブロッコリーのお返しとして」
「いやいや、あれは冗談で……」
「わかってる。だから、ブロッコリーじゃなくて、こっちのお礼」
返したばかりの本を指し示すと、
「ああ、そういう……」
彼の顔に、納得の色が浮かんだ。とはいえ、まだ素直に「うん」とは言えないらしい。
「でもなあ。奢ってもらう、というのは悪い気もするよなあ。見返りを求めて貸したわけじゃないし……」
「難しく考えないで。私の方も、今なら奢る余裕があるのよ。ちょうど今月分の、家庭教師のバイト代が入ったばかりだから。だから、これはタイミングの問題みたいな感じ」
「大河内がそこまで言うなら……。じゃあ、ありがたくご馳走になろうか」
というわけで。
この日、私は金木くんと二人で、ディナーに出かけたのだった。
男の子だから大衆食堂みたいな場所でお腹いっぱい食べられた方が嬉しいかもしれないけれど、その時は、そこまで気が回らなくて……。
向かった先は、うちの大学の近所ではなく、お嬢様大学の近くにあるオシャレなレストラン。イタリアンだかフレンチだかよくわからない、ちょっとしたコース料理を堪能した。
味そのものも悪くなかったが、
「ありがとう、大河内。こんなうまいもの食ったのは、生まれて初めて……とまでは言わないが、少なくとも大学入ってからは初めてだよ」
金木くんが本当に満足そうな笑顔を見せてくれたことが、何よりも嬉しかった。
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