親愛なる貴女へのモノローグ

葉城雅樹

無意味な語りかけ(モノローグ)


 人間の死後って言うのはどうなるんだろう。家は仏教だから四十九日を過ぎるまでは家に留まってるはずではあるんだけど、実際そうなのかは分からない。

 まあ、だからこそこれは恐らくモノローグなんだろう。

 

 僕がばあちゃんの容態の急変を知ったのは土曜日だった。そして今は水曜日。この間に葬式まで終わってしまった。今までこれほど近しい人が居なくなったことはなかったから、目まぐるしく動く事態に僕はなすすべも無く振り回されちゃったんだよね。状況の変化に感情が追いつかなくってさ、こういう感じで纏められるまでに結構時間がかかっちゃったよ。

 僕はね、昔から変わってるやつだと言われてきた。「アンタは冷たいヤツだ、打算だけで生きてる」っていうのを実の母親に言われたこともあったっけ。

 そう言われてきて育ってきたし、実際自分もそう言う変なヤツだって自覚はある。人とズレた感覚のせいで何度もトラブルに見舞われたりもしたかな。

 ──でも、そんな僕のことを1番可愛がってくれてたのは多分ばあちゃんだったんだと思う。初孫だったのもあってか、すごく甘やかしてもらったよね。

 そんなばあちゃんの容態が悪化したって言うのにさ、僕が急いで帰った理由はばあちゃんが死んじゃったあと、親戚一同がやってきた時に備えて、部屋を片付ける際に居間にまではみ出た自分の私物に干渉されたくないからって言うんだから救えないよね。

 結局の所僕はこんな時でも自分勝手で、打算的だったんだ。

 

 いざ日曜になって、昼前にばあちゃんが死んだ後も僕はその実感は持てなかったし、涙ひとつも流れなかった。集まった親戚一同の相手をするのが煩わしいなって思ってたくらい。前々から思ってたんだけど、最近疎遠になりかけてた親戚一同が集うのが誰かが亡くなった時って言うのはなんと言うか複雑な心境になるな。上手く言語が出来ないんだけどね。ばあちゃんは嫉妬深い所もあったから私抜きで楽しんで、とか思ってるかもしれないけど、そこは大目に見てあげて。お見舞いだってコロナウィルスのせいでみんなろくに行けなかったんだからさ。

 実際に病院から帰ってきたばあちゃんの姿を見ても、僕は泣きすらしなかった。別人のようにやせ細って、弱々しくなったその姿を僕は直視出来なかったし、思ったことは、こんなになってまで生きる意味があるのかっていう「人間の尊厳」についての事。しかもそんな状況なのに夜勤のバイトに行こうとしたりもしたしさ。やっぱりどこまでもズレてるよね、僕。結局周りからとめられて行かなかったけど、今になって考えてみると行かなくて良かったと思うよ。

 そっから葬式の段取りがトントン拍子で進んで行って、お悔やみのためにやってくる人達を見ながらも僕は結局実感を持てなかったんだ。あぁでも、お悔やみに来てくれてたお友達らしいおばあちゃんが泣いてるのを見て、ちょっと羨ましかったかな。僕は自分が死んだ時にそんなふうに悲しんでくれる人がホントにいるか分からないし、他でもない自分自身が涙すら流せてなかったからさ。ばあちゃんは周りの人に恵まれてたんだろうね。時期的にも、新型コロナウイルスの話が落ち着いてる今で良かったのかもしれない。一か月前だったらきっとみんな来れなかったから。

 そして夜になって、全員が寝た後に、僕は線香が消える度に補充をする役割をやったんだけど、その時誰もいないのにばあちゃんの顔や姿を直視出来なかった。思えばあの時にこの辺の話をちゃんと話しておくべきだったのかもしれないね。あと、ちょくちょく目を離して線香切らしてしまったのは今のうちに謝っとくよ。ごめん。

 

 月曜の朝、みんなが起きてから僕は眠った。悪い夢を見たりもしたから昼頃になったら起きて昼食をとって、慣れない礼服を着てばあちゃんを納棺する際に初めてその体に触れたんだけどね。

冷・た・か・っ・た・あの手に触れた冷たさは、未だに僕の手に残ってる。ゾッとしたし、あの時初めてばあちゃんが本当に死んだことを理解したんだと思う。それでもまだ顔は直視出来なかった。

 納棺はどうしてもある程度の力仕事だから僕と、弟と、じいちゃんの兄弟の2人で何とか手伝った形になったけど、その棺桶を持つ時にどうしても力んでしまったよね。これはどうしようもないことなんだろうけどさ。出棺してメモリアルホールに移動して、少し早めの夕食をとってお通夜に出たんだけど、最近のお通夜って過去の写真とか使ってメモリアルビデオを流すみたい。そこの時の写真にさ、出てくるのが一番多いのは母親でもなく、じいちゃんでもなく僕だったんだよね。しかも幼い頃の僕はさ、すごくきらきらした顔をしてるんだ。今でこそひねくれて昏い目をしてるけど、あの時の僕は輝いてた。

 でもね、中学生以降かな、それ以降の写真が全くないんだ。それ以降だって何度も顔は合わせていたはずなのに、それ以降ほとんど一緒に写真を撮ってないんだ。この事実は堪えたよね。どうしようもなく、嫌な事実だった。一緒に読み上げられる謎ポエムのせいで涙を流すことは無かったけど、その事実は明らかに僕の後ろ髪を引いたんだ。

 お通夜が終わって、親族以外が帰って棺桶の前に誰もいなくなった時に初めて顔を見た。痩せこけてて、ほんとにつらそうな顔だった。謎ポエムは「後悔はない」、「痛みとの闘いも頑張った」なんて言ってたけどそんな事ないはずだ。しんどかっただろうし、未練もあったんだろうと僕は思う。その顔を見てなんとも言えない気持ちになってしまったから、独り言のように棺桶に背を向けながら話しかけたけど、聴こえてたかな? 多分聞こえてないだろうから、あれは僕の自己満足なのかもしれない。それでも、話をせずには居られなかったんだ。帰宅した後は疲れが溜まったのか即寝落ちをしたんだけどね、やっぱり熟睡は出来ずに4時間くらいで目覚めちゃってさ。そこからずっと悶々と悩んでた。

 例えば──老人ホームに入居後に一度も会いにいかなかったこととか。さっきも言ったけど、僕は多分怖かったんだ。徐々にボケてきて、変わっていくばあちゃんに会うのが。自分が忘れられてるかもしれないことが。僕の中での思い出を美しいままにしておきたくて、元気だったばあちゃんの姿をそのまま残しておきたくて、何かと理由をつけて会いにいかなかった。それをさ、取り返しがつかなくなってから後悔してしまったんだ。人間らしい愚かしさだよね。ほんとに今更だよ。

 とりあえずそんな考えに縛られ続けるのも良くないと思って、スマホを開いて何かをしようとも思ったけど、結局ろくに何かに集中することも出来なかった。

 そうしてるうちに朝になって、葬儀が始まった。お坊さんが3人も来て、お経のタイミングがズレて不協和音になってるとか、某大臣から弔電が来てたとか色々とツッコミどころもあったけど、兎にも角にも葬式は進行して、昨日も見た過去の写真をまとめたビデオが流れ始めた時、昨日と同じ内容のはずなのにどうしても胸の奥で突っかえる物があったんだ。謎ポエムも相変わらず、なのにどうしても画面の奥の過去の自分の瞳が僕を苛むような気がしてしまった。どうしてばあちゃんを大事にしなかったんだって。もちろん本当にそんなことを言ってるわけはない。

 ──でも、僕は逃げたんだ。現実から目を背けて、逃げてしまったんだ。それを理解してしまったからこそ、取り返しのつかない後悔と未練が襲ってきた。

 最後のお別れの瞬間、花を詰め込む時にとうとうそれは決壊してしまって、目から涙が溢れてきた。20を過ぎた大人の男なのにみっともないってばあちゃんは言うかな? それとも自分のために泣いた僕のことを嬉しく思ってくれるかな? そんなことを考えてる時点で未だに未練タラタラだよね。とにかく、みっともなく泣いてしまったんだ。冷たくて打算的なはずな僕にも、悲しむ感情はあったらしい。結局、そのあとは行われる儀礼を流されるままこなした。

 全てが終わったあと、僕は何も出来なくなってしまったんだ。さっき決壊した後悔と未練に後ろ髪を引かれて、何も手につかなくなっちゃったんだよ。

 一日たった今、ようやくこうして感情を整理してる。やらないといけないことだってまだまだあるのに、それを上手くこなせてないから、多分これは必要なことなんだと思う。ほんとに長い話になっちゃったけど、もしこの話が聞こえてるのならもうちょっとだけ聞いていて欲しいんだ。多分、暇を持て余してるはずだしね? 

 ここからは僕の未練だ。1つはさっきも話した通り最後の方に会うのを避けてしまったこと。会うことはいつだって出来たのに、それを避け続けてしまった。ほんとにバカな話だよね。

 2つ目もさっき言ったこと。中学生以降にあまり一緒に過ごしてこなかったこと。これは普通の話だとは思うんだけど、好意を無下にしてしまったことだってあったはずなんだ。世話を焼いてくれたはずだし、可愛がってくれたはずのばあちゃんを邪険に扱ってしまったかもしれない事は嫌な話だ。恩を返すことも出来なかったし、最後の方には寂しい思いをさせてしまったのかもしれない。

 3つ目はちゃんと立ち直った姿を見せれなかったこと。高校時代に挫折した僕は、立ち直るまでに5年くらいの歳月を擁してしまった。大学に入ってようやく立ち直ったと言える今の姿を、見せられなかったのは悲しい。すごく可愛がっていた孫が挫折し、荒んでた姿は心配をかけただろうし、気を病ませたかもしれないと思ってるんだ。もしかしたら、ボケ始めた原因が自分なのかもしれないと思うくらいに。だからこそ、前を向いて進めるようになった今の姿を、この先の姿をちゃんと見せたかったなぁって。

 他に細かいのを上げていくとキリがないんだけど、とりあえずはこれくらいにしとくね。どうしても心に引っかかってるのはこれくらいだから。吐き出しておくし、これはここに置かせて欲しい。

 うん、これくらいかな。長い話になっちゃったけど、僕が思ったことはこんな感じ。聞いてくれたのなら嬉しいけど。

 こんな風に感情を纏めてもすぐに立ち直れるかって言われたら怪しいけど、何とかまたやっていこうと思う。

 果たせなかった未練は沢山あるけど、後悔しながらでも先に進まないと。多分あと僕が出来ることは、ばあちゃんが周りに自慢できるような凄い孫であろうとすることくらいだからさ。返せなかった恩はその分ほかの人に与えられるように頑張っていくよ。

 ──もし、死後の世界がほんとにあるんだったらまた会えた時に話したいことがいっぱいあるようにしておくから。だから、安らかに眠って欲しい。

 

 貴女の親愛なる孫より

 

 P.S.

 最後に会えなかったからって死後にじいちゃんの夢枕に立つのはやめてあげてね。

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