第10話 学校の彼は手伝ってくれる

 最近は私が図書館で待って、彼が話しかけてくるのが日課になっている。今日もいつものように待っていると彼は現れた。


「貸してくれてありがとな。相変わらずめっちゃ面白かった」


 そう言って貸していた本を渡してくる。嬉しそうに顔を綻ばせて微笑む彼はどこかあどけなくて少し可愛い。おそらく、普段のすれた大人のような雰囲気とのギャップのせいだろう。


 本当ならすぐに感想でも話し合いところだけど、残念ながらそうはいかない。

 今日も相変わらず目の下に隈をつくっている。何度注意しても、きちんと寝てくれていないのは丸わかりだ。私の忠告を無視する彼に呆れて、思わず、はぁ、とため息が漏れ出た。


「楽しんでもらっているのはいいんですが、何度も言っているように、ちゃんと寝て下さい。次の日に返すよう急かした覚えはありませんし、別に本は逃げたりしないんですから」


 少し口うるさい気はするけれど、これは譲れない。寝不足はいずれ体調を崩すことにつながるから心配なのだ。その辺りを、この目の前の人は軽く考えている気がする。


「はいはい、分かったよ」


「もう……ちゃんと寝ないようなら貸しませんからね?」


 私の忠告を毎度のことながらいつものように聞き流そうとするので、ついムッとしてしまった。

 余計なお世話だろうけど、心配しているこっちのことも少しは考えて欲しくて、脅迫めいたことを言ってみると渋柿を食べたような顔をして顰めた。


「……分かったよ。今度からはちゃんと寝る」


「はい、素直でよろしい」


 どうやら効果は的面だったようで、今度は肩を落としながらもしっかりと頷いてくれた。本好きにとって本を読めないことはかなり辛いから効いたみたい。

 普段頑固なのに本が関わると素直になるのが少し面白くて、口元が緩む。


「では、次の巻はこれです」


「ありがとう。じゃあな」


 次の巻を渡すとそれだけ言い残してスタスタと別の机のところは行ってしまった。引き留める間もないほど呆気なく去っていってしまうあたり彼らしい。

 ただ、もう少しくらい話してくれてもいいと思うのだけれど。


 少しだけ不満を覚えながらも今の関わり方には概ね満足している。彼があんな感じだから下心を疑わずに済んでいる。だから文句を言うのはお門違いだろう。

 安心して気を使わずに話せる今の関係性が損なわれるのが惜しいと思うくらいには大事に思っているし、今のところはこのままでいい。


 とりあえず彼に本を渡し終えたことだし、新しい本を探しに館内を周ることにした。せっかく図書館に来たのだ、本の一冊くらい借りないともったいない。


(あの本、面白そう……)


 あちこちの棚を見てまわって一冊の本に目が惹かれた。ただ、その本は棚の1番上の段にあり、届くかぎりぎりだ。

 

 とりあえず棚のところまで行って背伸びをしてみるけれど、予想通りなんとか指先が触れられるくらいだった。

 誰かに取ってもらうかと一瞬迷ったけどすぐにその考えを振り払う。この高さに届くのは男子しかいない。でも男子に話しかけるのは嫌。あの妙な目線で見られるくらいなら話しかけたくない。それに嫌いな男子に頼るのは私のプライドが許せなかった。


 仕方なく1人でなんとかするしかないと思い、片足立ちになって必死に手を伸ばす。けれどやっぱり本に触れられるくらいしか届かず、なかなか上手く本が取れない。


 どうしよう、と困り始めた時だった。隣からひょいっと私の求めていた本を取った人がいた。

 驚いて隣を見ると、本友達の彼だった。取ってくれたのだ、と一瞬で分かった。なんというか彼が人を助けるのが意外で、ついじっと見つめてしまう。


「……別に奪うつもりで取ったわけでは」


「それは分かっています。……別にあなたに取ってもらわなくても自分で取れました」


 私がじっと見つめると、少し罰が悪そうに顔を逸らした。

 これまで人に頼ることがほとんどなかったのであまり助けてもらうことに慣れていない。なんだか恥ずかしくて素直になれず強がってしまう。感謝の言葉を言うはずが、思わず虚勢を張ってしまった。


「こういう時くらい素直に甘えておいた方が可愛げがあるぞ?」


「まるで私が可愛げがないと言っているみたいですが?」


「そりゃそうだろ。普段のお前の塩対応を思い出せ」


 可愛げがないとは失礼だ、と思って少し睨むと、どこか呆れたように言い返された。

 どうやら普段の私を知っていたらしい。仕方ないではないか。男子に頼っても良い事は一つもないし、周りの人は私が完璧な人だと思っている。だから頼るなんて情けないところは見せられないのだから。


 反論できず口をつぐむと、彼は取った本を押しつけて去ろうとする。

 せめて、と思い足早に立ち去る彼の背中に、小さく「……ありがとうございます」と声をかけると、チラッとだけこっちを見た気がした。


(まさか、助けてくれるとは思わなかった……)


 取ってもらった本を持って元の机に戻る。なんとなく勝手に、あの人は周りを気にしない人だと思っていた。だから本を取ってくれたのが彼だと分かった時、驚いてしまった。

 あまり私のことを気にしていないと思っていたのに気にかけてくれるなんて。


 手に持つ本を見ると助けてくれた時のことを思い出す。男子に助けられるのは嫌なはずだけど、彼に助けてもらったのは嬉しかった。素っ気ない彼が意外と優しくて少しだけ心がむずむずした。はじめての感覚で妙な心地だけど不思議と嫌ではなかった。

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