勇者ちゃんと3人の無頼漢
猫田芳仁
001 女の子には向かないパーティ
「あ、あのっ、やめてください……」
消え入るような少女の声。
続くのはむくつけき男どもの口笛、笑い声、野卑な冗談。
「おい聞いたか、やめてください、だとよ! そりゃないぜ嬢ちゃん、こんな時間にこんな酒場にいる女なんだから、おまえも娼婦だろ? え、いくらだ? ん?」
「こんな小便くせえガキ買う気かよ。おまえも好きだな……おっ、でも顔は結構かわいいじゃねぇか。おい、終わったら俺にも回せよ、へへっ」
「あの、ほんとにそういうのじゃなくて、ええと、その……きゃっ」
値段を聞いていた男が乱暴に少女の腕をつかんだ。たたらを踏んで転びかける少女。男はたいそう機嫌を損ねたようで、先ほどまでのにやにや笑いから一転、語気を強めた。
「客を選べるほどお高い女じゃねえだろ、ええ、売女! こんなところで客とってんだからよ!」
「痛っ……お、お願いします、やめて……! ほんとに、違うんです! 人を待ってるんです!」
「客を待ってたの間違いだろうが、おらぁ!」
そのまま男は少女を連れていくつもりのようだったが、少女は必死の抵抗を見せて、なかなか頑張った。しかし彼我の体格差を埋めることはできず、じりじりと引きずられていく。成り行きを眺める酒場の客たちに、少女を哀れと思うものもいないではなかったが、大半は自業自得の馬鹿女と嘲って、愉快な見世物に興奮していた。
男がとうとうしびれを切らして、少女を抱え上げた。短く悲鳴が上がる。男とその仲間たちが下卑た笑い声をあげ、今度こそ少女をいかがわしい宿に連れて行――けなかった。
「おい」
「あ?」
後ろから声がかかる。
仲間の1人が振り向く。
鈍い音。
「女置いてけ。ツレだ」
腹を殴られた男は声も出せずに崩れ落ちた。
その向こうから現れる、突然の闖入者。
まだ少年の残り香がある若者だ。貧弱そうでこそなかったが、若木のような体躯は筋骨隆々の男たちに比べてだいぶ見劣りする。
酒と興奮で判断力にだいぶ難があった男たちは倒れた仲間が見えていなかった。都合のいいところだけを見て、この若造与しやすしと判断した。
「てめえの女か、クソガキ! 畳んじまえ!」
男は少女を床に投げ捨てて、取り巻きともども若者に殴りかかっていった。顔から床に滑り込んだ少女は起き上がらない。観客はますます面白いものが見られそうだと歓声を上げた。
そう、男たちには見えていなかった。
若者の口許に浮かんでいた余裕の笑みも、華奢なのではなく無駄がない身体も。
そしてなにより、三白眼の凶相も。
ちぎっては投げ、という表現がぴったりくる光景が繰り広げられ、無責任な観客たちは一層沸いた。
その盛況ぶりをよそに、いつの間にか1人の人物が膝をつき、打ち捨てられた少女に手を差し伸べていた。今や悪魔のような哄笑を響かせて無抵抗となった相手を殴り続けている青年に輪をかけて顔が怖い壮年の男である。もともとの顔のつくりもさることながら、眉間を通った向こう傷が凄みを醸し出していた。加えて上背も横幅もある。こんなのに手を差し伸べられた日にはまともなお嬢さんなら安堵するどころか気を失ってしまいそうである。
だが少女は、ぎこちないながらも彼の手を取った。
「大丈夫……ではなさそうですね」
「やだ、そんなにひどい顔? ……確かに、すっごく痛い……」
「腫れてきていますよ。でも、レライエが治しますから」
「そのレライエは? 一緒じゃないの?」
「タバコ買って遅れています。……ああ、来ました。あそこに」
彼が指さす先には、気絶して床に伸びた敗者たち――の傍らに跪く長身の僧侶がいた。細い縁の眼鏡が知的な印象を与え、その奥に見える目は切れ長でどこまでも青く、涼しげな美丈夫であった。僧侶は右手で祈りの印を結びつつ、左手ですばやく財布を抜いた。その動きに迷いはなく、彼が何百回も同じ行為を繰り返してきたことを証明している。何人かに祈りを捧げて代金を頂戴すると、僧侶は一仕事終えた顔の青年とともに、少女と男のもとへ歩み寄ってきた。
「つむぎィ! 抵抗しろよテメーはよ、いっつもいっつも……犯されてぇなら先に言え、オレでよけりゃあ相手してやる」
「今日もサイテーだねスコラ……全然そんな願望ないから今後とも助けてくれるとうれしいよ……」
「じゃ、抵抗しろよ!」
「わたしが本気で抵抗したらさ、すごい怪我させちゃうじゃん……」
「は? させりゃいいだろうが。つか、持ち上げられたときだってアレ普通に出れたろ。何してんだお前」
「だってあんまり目立ちたくないから……外とか、その、宿とかに連れていかれて人目の少ないところでやっつけようかなーって……」
「アホかよ」
多少血で汚れたスコラの手が、つむぎの肩をぐいとつかんだ。それだけで彼女はたたらを踏んだ。ただ落ちただけではなく、床に投げつけられた格好なので、顔以外にも、痛みはある。
その痛いところの、的確な位置に、レライエの指先が触れてくる。負傷の具合に合わせた的確な回復式を小声でささやかれるたび、つむぎの身体から痛みと、おそらくは服の下にできかけていた痣が跡形もなく消えていく。
最後に顔。もう、だいぶ腫れあがってきている。ひんやりした手で頬を撫でられると、それだけでもう、気持ちよかった。
「……くふっ。ぶっさいく! まだバスクよかましだけど」
「私は常時この顔ですけれど、つむぎは治せばかわいいじゃありませんか。早く治して差し上げなさい」
「ひゃはははっ、言われなくてもするしぃ」
レライエは黙って突っ立ってさえいれば美しい男なのだ。だが、財布の件といい、このしゃべり方といい、なんというか、ホントに、ダメだ。なぜ彼は僧侶になれたのだろう。そもそも、なぜ僧侶になる道を選んだのだろう。
そんなどうでもいいことに思いをはせているうちに、頬の痛みとほてりは冗談のように消えてしまった。自分で触って確認すると、腫れもその他のとっかかりもない。きっと、きれいに治ったことだろう。
「では、全員揃ったところで」
バスクが2度手を打つ。オーダーの合図だ。スコラの暴れっぷりを見ていた従業員が、泡を食ってすっ飛んでくる。各々飲み物と軽食を注文して、ひと段落。
つむぎは深く、深くため息をついた。
なぜ自分は、華の女子高生たる自分は、こんな問題大有りな男たちと一緒に世界の運命を背負わされているのだろう。
彼女はホットミルクを待ちながら、もう幾度目になるかわからないが、ここに至るまでの経緯を反芻し始めた。
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